2016年8月3日水曜日

キューバ文学(28)ガルシア・ロルカとキューバ[2017.6.27追記]


ロルカのキューバ訪問は1930年3月から6月。NYに9か月滞在したあとのことだった。

しかもニコラス・ギジェンの『ソンのモチーフ』がハバナの新聞に載ったのと同時期。

振り返っておこう。
 
1928年 ロルカ『ジプシー歌集』出版。版元は「レビスタ・デ・オクシデンテ」社。「レビスタ・デ・オクシデンテ」はオルテガが創刊(1923〜)。

この詩集にはリディア・カブレラに捧げた「不貞の人妻」が入っている。

1928年10月15日、キューバのアヴァンギャルド雑誌「レビスタ・デ・アバンセ」に『ジプシー歌集』の書評が掲載されている。執筆者はキューバ詩人のエウヘニオ・フロリー。


1929年6月初め ロルカ、NYへ(初めての国外)。
NYで書いたものとして、たとえば 「黒人たち」、「ハーレムの王へのオード(頌歌)」など。


1929年10月大恐慌


1930年3月7日、ロルカ、NYからハバナへ。
 ←1927年創設のイスパノーキューバ協会の招きで(当時フェルナンド・オルティス会長)。ロルカ滞在は6月12日までの3か月。


フロリダまで鉄道、そしてフェリーでハバナに到着。
1930年前後のキューバ:
キー・ウェストとハバナ間の旅客機就航が1929年
ホセ・マルティ国際空港は1930年2月開港
ホテル・ナシオナルは1930年12月開館
 
そして、1930年4月20日(ロルカ到着からほぼ一か月後)、ニコラス・ギジェン『ソンのモチーフ』(シリーズ詩)が『マリーナ新聞』に掲載。

ロルカはそれを直接読んだはずだ。

ロルカがキューバで書いた詩は「キューバの黒人たちのソン」。

[2017年6月27日追記]
キューバのホテル・ナシオナルについて:
アメリカの建築事務所マッキム・ミード・アンド・ホワイト社の設計(ラテンアメリカでは唯一の建築と見られる)。この事務所はマンハッタン市庁舎の設計などをしている。両者を比べて見ると、大きさはNYの方が圧倒的だが、新古典主義様式である点では共通。
フランク・ロイド・ライトが設計した日本の帝国ホテルは1923年竣工。ライトはモダニズム。 

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