2020年4月27日月曜日

4月27日:キリル文字で書くキューバ

Zoomの授業は思っていたよりも、別の労力や神経を必要とするのがわかった。

気分転換に、久しぶりにキューバ文学の本を手に取った。
 
Damaris Puñales-Alpízar, Escrito en cirílico: el ideal soviético en la cultura cubana posnoventa, Editorial Cuartopropio, Santiago, 2012.

「キリル文字で書くことーーポスト90年代のキューバ文化におけるソビエト的理想」というタイトルの本である。


著者のダマリスさん(1971年生まれ、現在はオハイオ州にいる)はこう書き出している。

「1989年に中等教育【Instituto Preuniversitario Vocacional de Ciencias Exactas Carlos Marxという長い学校名だ】を終えたとき、私が味わった最大の挫折感は、その年ソ連で勉強が可能な大学の学習課程は、私にはまったく興味の持てない石油掘削の工学しかなかったことである。ずっと前から私の「学生としての夢」はソビエト社会主義共和国連邦に行き、大学で勉強することだった。それはキューバから逃げることではない。ソ連なるものは魅力的で、なによりも、その当時、外の世界について私が知っているほとんど唯一の世界だったからだ。中高の6年間というのは金魚鉢の中にいるようなもので、大多数の学生は、実世界なるものについてはっきりとしたイメージを持っていなかった。まして、私たち学生は、2年後にソ連が解体されることになる決定がその数ヶ月に行われているなどとは思ってもいなかった。」(p.19)

この後ももっと訳したいのだが、また別の機会に。

ダマリスさんのブログはこちら。今日の段階で一番新しい3月の終わりのエントリーでは、「マトリョーシカ」というドキュメンタリー撮影がこの3月にキューバで行われていたそうだ。撮影しているのはスペインはナバーラのエレナ・ベンゴエチェア(Helena Bengoetxea)さん。コロナのことでヨーロッパへ戻っている。

この記事には撮影風景が映っている。

2020年4月20日月曜日

4月20日 フリアン・デル・カサル

今日から授業がはじまった。

その準備を兼ねて、フリアン・デル・カサルの詩を読んでいた。

30年の彼の短い生涯のうち、詩集は3冊出たようだが、そのうち、2冊目が『雪(Nieve)』で、この詩集にはギュスターヴ・モローに捧げられたパートがある。

「我が理想の美術館(Mi museo ideal)」というタイトルのもとに詩がまとめられ、うち10篇は全てソネットである。副題は〈ギュスターヴ・モローの10枚の絵画〉。

最初の詩は「入り口ーーギュスターヴ・モローの肖像画」とあるので、入り口にモローの肖像画が飾ってあるという仕掛けだ。

Rostro que desafía los crueles
rigores del destino; frente austera
aureolada larga cabellera,
donde al mirto se enlazan los laureles.

Creador luminoso como Apeles,
si en la Grecia inmortal nacido hubiera
cual dios entre los dioses estuviera
por el sacro poder de sus pinceles.

De su Ideal divino a los fulgores
vive de lo pasado entre las ruinas
resucitando mágicas deidades;

y dormita en sus ojos soñadores,
como estrella entre brumas opalinas,
la nostalgia febril de otras edades.

この後、実際に10の絵画作品に対応する詩(ようするにエクフラシス)が並ぶ。

モローといえば、サロメだ。去年はモロー展があったので、日曜美術館でもモロー特集があったのを見た。

一番目の部屋に飾ってあるのは、ヘロデの前で踊るサロメである(I.)。

次の絵は流れからして当然、踊ったサロメが褒美として欲しがった洗礼者ヨナカーン(ヨハネ)の首が来る。『出現』である(II.)。

Nube fragante y cálida tamiza
el fulgor del palacio de granito,
ónix, pórfido y nácar. Infinito
deleite invade a Herodes. La rojiza

espada fulgurante inmoviliza
hierático el verdugo, y hondo grito
arroja Salomé frente al maldito
espectro que sus miembros paraliza.

Despójase del traje de brocado
y, quedando vestida en un momento,
de oro y perlas, zafiros y rubíes,

huye del Precursor decapitado
que esparce en el marmóreo pavimento
lluvia de sangre en gotas carmesíes.

カサルがこれらの詩をモローの絵を見ながら書いたとは思うが、キューバにいたのだから、写真か何かで見たのだろう。色合いとかわかったのかな?

カサルはモローへこれらの詩を書簡で送っている。さらには、『さかしま』でモローを書いたユイスマンスにも送っている。

へえーーっていう話のような気がするけれども、パリのモロー美術館(ここは国立の美術館ということだ)にはカサルが送った詩集「Nieve」が所蔵されているという。

あと8篇の詩(タイトルは絵のタイトルでもあるのだが)は、

III.「プロメテウス」
IV.「ガラテイア」
V.「エレーナ」
VI.「ヘラクレスとレルネのヒュドラ」
VII.「ヴィーナスの誕生」
VIII.「ペリ」
IX.「ユピテルとエウロペ」
X.「ステュンパロス湖のヘラクレス」

そして最後に「栄光の夢」と題された130行もの詩がある。これは長い。

Robert Jay Glickman, The Poetry of Julian Del Casal: A Critical Edition, Volume One, The University Presses of Florida, Gainesville, 1976.から引用した。

この第1巻は詩のみが収められていて(144篇)、第2巻が、第1巻に収められた詩の校注版。第2巻はインターネットでダウンロードできる。

詩集「Nieve」は1891年か1892年に出版されているのだが、その頃同世代のホセ・マルティはニューヨークで「素朴な詩」を書いている。

オスカー・ワイルドが『サロメ』を出版したのも1891年。

2020年4月17日金曜日

4月17日:CUBA: A Jewish Journey

在宅時間が増大したのでできるだけ片付けにも専念している。そうすると案外本が出てくるものである。

今日出てきたのは、以下の写真集。


CUBA: A Jewish Journey (Photographs by Errol Daniels), Errol Daniels Photography, 2003. (ISBN 0-9744399-0-8)

キューバのユダヤコミュニティの写真集。

キューバに最初に上陸したユダヤ人は、ルイス・デ・トーレス(Luis De Torres)である。ユダヤ教徒追放令に先立って、カトリックに改宗し、コロンブスの通訳として船に乗って新大陸に渡った。ヘブライ語、アラビア語ができた。彼はイスパニョーラ島に残り、1493年に亡くなったらしい。

スペインの異端審問を逃れ、多くのユダヤ人が新大陸へ逃亡した。例えばホセ・マルティは米国のキーウェストのユダヤコミュニティに資金援助を得ていた。

キューバにシナゴーグと墓地ができたのは1910年。ユダヤ人の移住は両大戦間期がもっとも多かった。

多くのユダヤ人は繊維業に従事し、工場を開いたり店舗を持ったり。医者や銀行家、弁護士になったもの、政府の要職に就いたものもいる。

1945年の時点でキューバのユダヤ人口は25000人ほど。第2次世界大戦が終結するとヨーロッパに戻ったり、米国に渡るユダヤ人も多く、革命の頃には15000人ほどのユダヤ人がキューバにいた。

革命ののち、多くのユダヤ系キューバ人は米国、あるいはラテンアメリカの別の国々へ。イスラエルへ渡ったものもいる。

 1961年、カナダ・ユダヤ人会議はコーシャ・フードをキューバに送っている。シナゴーグが門を閉ざすことはなかったようだが、若者たちは徐々に信仰を捨てていった。80年代になると、再びユダヤコミュニティは大きくなり、2003年ごろにはおよそ1500人のユダヤ人がキューバには住んでいた。

2001年、Weinberg財団やJoint Distribution Committeeの資金の援助を得て、ベダード地区のシナゴーグが改修された。このシナゴーグ、Beth Shalomはハバナでもっとも大きい。1957年に建造されたが、1990年代には相当に傷んでいた。

このBeth Shalom以外に、ハバナにはもう二つシナゴーグがある。ひとつは旧市街のAdath Israel、もう一つはセファルディ系のシナゴーグでこちらはベダード地区にある。

以下は今年の3月、ハバナのシナゴーグ、Beth Shalom。猫がいたかどうかは記憶がない。


住所は以下の通り。

Entre 13 y 15, 259 Calle I, La Habana


2020年4月14日火曜日

4月14日 ハバナ・アラマールの猫

この3月のキューバ訪問時、初めてアラマール地区(Alamar)へ行った。

アラマール地区はハバナの外れというか郊外というか、25キロほど離れたところにある団地地区である。

ウィキペディアでもこの地区のことは紹介されている。こちら。 1970年代にソ連式の都市開発によって、何棟もの団地が建造されて、今やかなり古くなったけれども、たくさんの人が住んでいる。10万人とも20万人とも言われている。スーパーも学校も病院もあるので、ハバナに行く必要がないといえばない。

小説『ハバナ零年』のジュリアはこの地区に住んでいた。

Youtubeにはこんな動画があった。キューバのヒップホップが生まれたのはアラマール地区。

こんな記事もあるし、その中には動画もある。アラマールは映像のとおりのところだ。


下の写真は階段が印象的。


 あとは階段にいる猫。

 

2020年4月13日月曜日

4月13日

 今日は、毎年1年生向けに行われるオリエンテーションがあった。

   Zoomを使ってオンラインでやるので不安もあったが、ひとまず無事に終えた。

 「無事に」というのは、ホストのネット回線が切れて、参加者全員が何も映っていないコンピューターの画面を見つめたまま過ごすことには幸いにもならなかったということだ。

 オリエンテーションの最後に歌を流したら、微笑んでいる顔がいくつも見えた。

 確かにZoomは、回線が安定し、フリーズとかしないできちんと動いてくれて、またこちらもきちんと動かせればありがたいソフトではあるのだけれど、当然そうはいかず問題も出てきて、正直言って前途多難である。

 昨日は、ある学会の理事会もZoomでやったが、16人ぐらいだったかな。一つの画面に全員が入って、多分このくらいの人数がちょうどいいのだろう。今日のオリエンは60人くらい。

 前途多難なことがわかったうえで、どんなことができるのか。そろそろ練習というよりも、来週以降の今学期のことなりなんなりをやろうというところに立っている。

 この週末はジョゼ・サラマーゴの『白い闇』を読んでいたりして、これがまた気が重くなる内容だった。 映画版はかつて最初のシーンを見たけれどもあまりに怖くてやめてしまった。今度こそ見ることができるかどうか。

 キューバ人の友人から連絡が来て、コロナのことでバスが運行をやめ、大変だ、ただでさえ物がなくて、ますます痩せ細るばかりだ、と。

   キューバで最初のコロナ・ケースは3月11日。ほぼ1ヶ月後の4月13日で669。

 下の写真は3月1日、ハバナの宿泊先の近くにいた塀の上の猫。


 

2020年4月9日木曜日

4月8日:疫病についての14冊

日本でもすでに色々なところで書かれていると思うが、疫病を描いた小説についての紹介記事がアルゼンチンのinfobaeに載ったので紹介しておこう。
 
1 カミュ『ペスト』

2 ジョゼ・サラマーゴ『白い闇』

3 ボッカッチョ『デカメロン』

4 スティーヴン・キング『ザ・スタンド』(スペイン語では、La danza de la muerte

5 メアリー・シェリー『最後の人間』

6 フィリップ・ロス、"Nemesis"

7 サマンタ・シュウェブリン(Samanta Schweblin)、"Distancia de rescate"

8 ダニエル・デフォー『疫病の年の記録』(いくつかの邦題がついている)

9 ジャック・ロンドン『赤死病』

10 オラシオ・コンベルティーニ(Horacio Convertini)、"Los que duermen en el polvo"

11 ディーン・クーンツ、"The eyes of Darkness"

12 ジョージ・R・スチュワート、"Earth Abides"

13 コーマック・マッカーシー、『ザ・ロード』

14 エドムンド・パス・ソルダン(Edmundo Paz Soldán)、"Los días de la peste"

邦訳が確認できたものは、邦題を載せておいた。

ラテンアメリカからは、7のシュウェブリン(アルゼンチン)、10のコンベルティーニ(アルゼンチン)、14のパス・ソルダン(ボリビア)。

エドムンド・パス・ソルダンは来日の予定もあったのに、疫病が原因でこれないとは残念だ。

2020年4月8日水曜日

4月7日

  週が明けて、毎日午後4時の東京都の感染者数の発表がますます気になる日々になってきた。しかしこの感染状況、一体どういうことなのか。わけがわかりません。

  前にも書いたスペイン人の友人によれば、スペインでは3月12日からかなり厳しい外出制限が課され、それがさらに4月26日まで延長されたとのことだ。その友人はこの4週間、ほとんど外出をしていない。ものすごく辛いようで、それに比べれば日本の緊急事態宣言はかなりゆるい。

  散歩コースはたくさんあって、毎日必ず歩き、5000歩いけば上出来。今日は近くの墓地あたりをぶらぶら。小泉八雲の墓があったりする。猫が近くにいた。

 


  ついに春学期はすべてオンラインの授業となった。少し前のエントリーで、数週間ならオンラインでもなんとかなるが、それ以上はきついと書いた記憶がある。いよいよ次のフェーズに入った。

 新しいことに対して、最初は「否定」から始まる。コロナウィルスに対してもそうだったかもしれない。
 
  何回か長時間Zoomで打ち合わせをした経験からすると、参加者全員がビデオをオフにすると、圧倒的にデータが軽く、サクサク動いている感じがあった。通信上の遅れを感じることがなく快適だった。進行する人がしっかりとリードしてくれていることもあって、有意義だった。これを授業に置き換えてやれればいいということだ。

2020年4月4日土曜日

4月3日-4日

 昨日今日と原稿を書いて、ひとまず締め切りまでは手を離そうかというところまできた。ほっとして買い物に出て散歩した。

 下は自宅近くの新しくなった公園で撮った。のどかだった。 まるでなにも起きていないかのような感じだった。結構低いところを大型旅客機が飛んでいて、例の新しい羽田ルートと関係があるのかどうか。



 何度かZoom会議をやったが、時間と議論のテーマが決まっていれば10人くらいならメールであれこれやり取りするよりも便利だと思った。大学にもビデオ会議システムがあって二ヶ所をつないでやったことがあるが、あれよりずっと操作性がいい。

 でもこれを90分の授業で使うのは果たしてどうなのかと思わないでもない。もちろん機能としては使えるようにはなっているのだが。

 映画版の『コレラの時代の愛』を視聴した。


 基本的なデータはウィキペディアにも載っていて、以下の通り。

 2007年制作のアメリカ映画
 監督:マイク・ニューウェル(イギリス人)。他に『モナリザ・スマイル』など。

 フロレンティーノ・アリーサ:ハビエル・バルデム
 フェルミーナ・ダーサ:ジョヴァンナ・メッツォジョルノ
 フベナル・ウルビーノ:ベンジャミン・ブラット
 ロレンソ・ダーサ:ジョン・レグイザモ
 イルデブランダ:カタリーナ・サンディーノ
 歌:シャキーラ

 この映画は、ガルシア=マルケス作品のダイジェスト、欧米人から見たラテンアメリカ・イメージのイントロダクションとしては役割を果たすと思った。え、なにこれ、どういうこと?と思うところが多々あるはずなので、では原作はどうなっているのか、背景はこうで、なんていう風に埋めていけばいいのではないか・・・というのがまず思ったこと。

 あわせて『スカーレット・レター』や『ラマン』を見るとか。

 とはいえ難しい。

 随分日が長くなった。6時半近くになっても明るさが残っている。春分も過ぎた。

2020年4月2日木曜日

4月2日

 今日は大学で少しだけ仕事をした。

 日常時でも、自宅から大学へ、大学から自宅へ物を移す必要がたまにある。今日のは、今後在宅でやることになったときに備えてというのもややあるかもしれない。
 
 外大の今日の桜はこんな感じだった。



 自分の書いた短い原稿の掲載誌が2冊、手元に届いた。

 一つは日本ラテンアメリカ学会の会報。そこに柳原孝敦の『メキシコDF』(東京外国語大学出版会)の紹介文を書いた。それから外大出版会が毎年4月、新入生向けに刊行している雑誌『ピエリア』。そこにも短いエッセイを書いた。

 ところで日本ラテンアメリカ学会は今年、5月の終わりに立命館大学で予定されている。4月半ばに開催についての最終決定を下す、と学会HPに書いてある。

 『ピエリア』は、本来なら新入生が入学式時にもらう重い大学の冊子類の中に紛れている。そのまま目を通さずに埋もれてしまうことも多いようだが、今年はいつ渡せることになるか。ま、この2本の原稿はいずれここにも載せられると思う。

 そのほかテレビ会議があったり、行き帰りの電車で書きかけの原稿のための資料を読んだりした。
 
 財布を忘れた。それでもPASMOで電車に乗り、スーパーで買い物もできた。

2020年4月1日水曜日

4月1日

 毎日、多くの情報が入ってきて、それに対応したり、新しいことを知ったりしている。大学のHPも新年度用に切り替わった。

 自宅からZoomによるオンラインの会議に何度か出席しているが、インターネットの接続状態がもろに影響する。画面に「接続が不安定です」なんて出たりする。

 Zoomの無料の設定が40分で切れるというのはそれなりに理にかなっているという話を聞き、確かにそうだと思った。90分近く果たして安定的に繋がってくれるだろうか。さっきは途中でスピーカーの調子が悪くなり、何も聞こえなくなった。聞こえなくなってもそれが自分の機械のせいなのか、機械の向こうのせいなのか、当座はわからない。

 各大学の動きが慌ただしい。いくつかの大学では新学期の開始をさらに繰り下げている。4月の終わり頃に学期開始とアナウンスをしていた大学が、GW明け、さらには5月の終わり頃に繰り下げている。

 そんな中、僕が所属している大学では、2週間の繰り下げでオンライン授業をできるように準備を進めている。

 複数ある授業のうち、2年生向けの授業について、パワポ(実際にはKeynote)作成に着手している。いわゆるガイダンス的な内容を用意したが、2回目以降にまごつかないようにコンテンツもある程度はそろえた。これをZoomでリアルタイム配信する予定なのだが…

 仮にレコーディングしてどこかにアップロードすることになれば、追っかけ受講もできるようになるのだろう。リアルタイム受信を「同期型」、追っかけを「非同期型」というらしいが、いずれジャーゴンができるのだろう。

 昔、コロンビアによく出かけていたころ、ホテルでニュース番組を見ると、「良いニュース(Buenas noticias)」のコーナーがあった。要は報じられるほとんどのニュースは悪いもの、不吉なものばかりなので、少しでも気分が明るくなるような話をという思いで作られたのだろう。

 今のところ良いニュースは、最近キューバ文学に関する本が届いたことで、 この本を時間のあるときにちらりとでも読んでみたい。

 下の写真は3月頭のハバナの猫。