ホセ・レサマ=リマには妹エロイーサがいた。彼女はついこの前と言ってもいい2010年、91歳でマイアミで亡くなった。マイアミにいる彼女に宛てて、兄ホセは1960年代を通じ、亡くなる1976年まで手紙を書き続けた。その手紙に基づいて、彼の晩年を再現したドキュメンタリーが『エロイーサへの手紙』だ。60分に満たない短い映像だが、丁寧に作り込まれている。『パラディーソ』の刊行やそれが巻き起こしたスキャンダル、表舞台から徐々に姿を消しながらも、コルタサルのおかげで欧米で評価されたことなどが、多くの証言者から語られる。バルガス=リョサの証言はだいたいどこかですでに彼が言っていることとはいえ貴重だし(彼の甲高い声)、私も愛読した文芸評論家エンリコ・マリオ・サンティやアントニオ・ホセ・ポンテも熱く語っている。映像の中で、レサマ=リマがレイナルド・アレナスと映っている写真が出てくる。4人が映るその写真のアレナスはかなりいい男である。長袖の縦縞のシャツの裾を細身のズボンにいれ、後ろで手を組み、少しカールした黒髪が額にかかっている。真面目な目線がこちらのレンズを向いている。右横の白いシャツ姿のレサマは、いつもの通りちょっとしかめっつらで別の方に目を向けている。全員革靴を履いているから、何かのイベントに出かけようとしているのだろうか。ひょっとするとレイナルド・アレナスが『夜明け前のセレスティーノ』でUNEAC文学賞を受賞したときのセレモニーに向かう時かもしれない。そうか、今年2026年はレサマの没後50年である。
世界は変わり続ける
El mundo cambia constantemente.
ラテンアメリカ文学、キューバの文学、カリブの文学などについてメモのようなものを書いています。忘れないように書いているというのもあるけれど、忘れてもいいように書いている。書くことは悪魔祓いみたいなもので、書くとあっさり忘れられる。それがいい。
Escribir es un acto de exorcismo. Escribir cura, alivia.
2026年3月20日金曜日
2026年3月19日木曜日
3月19日
2026年3月16日月曜日
3月16日
2026年3月15日日曜日
3月15日
キューバ政府が米国と交渉していることを正式に認めたというニュースが日本語の新聞にも出てきた。3か月石油が入らず、日によっては20時間以上、100時間越えの停電が続いている地区があったりして、それにしても石油のことでは、ここも他人事ではないのだけれど、比べられるレベルじゃない。今になって気づいたのは、米国はベネズエラにしたことをせずに、結果的に同じことをしている。同じことを起こせる。そして、同じことを起こしたとしても、そこの市井の人たちの生は少しも変わらないだろう。ハバナの友人はウィルスにやられてすでに4か月が経っていても、まだ後遺症に苦しんでいる。電気が来たら飛び起きて、電気のあるうちに家事その他を済まさないといけない。
いま米国はキューバを崩壊させ、そのあと占領や利権の獲得を考えているのではなくて、存在を抹消しようとしているのではないか。ガザのことを思い浮かべたからこんなことを思っているのかもしれないが。オバマがキューバと国交回復したことを否定したいのもあるだろうし。
法の支配は終わり、力の支配の時代がやってきたと言われる。このまえひとみ座の人形劇『ペドロ・パラモ』を見ていて、力が支配する世界での人間の非人間化のような話なのだと思えてきた。
2026年3月9日月曜日
3月9日
2026年3月2日月曜日
3月2日
パナソニック汐留美術館で「美しいユートピア 理想の地を夢みた近代日本の群像」。岸田劉生、柳宗悦、今和次郎、宮沢賢治、松本竣介、立原道造、竹久夢二、磯崎新という固有名詞を与えられ、これらの人名を使って戦前戦後の日本近代美術・建築史を論ぜよ、という問題が解けますか?という話。ただし、この美術館がパナソニックによって運営されていることも考慮しなければいけない。住宅や陶磁器やインテリアの展示品が多いのは、母体の運営方針によるのでしょう。
2026年2月27日金曜日
2月27日
米国はもはやラテンアメリカ抜きには理解できない、たとえ支配者層がどんなに拒もうとしても。これはバッド・バニーのスーパーボウル以降言われていることで、確かにそうなんだろう。ラテンアメリカ抜きのアメリカは今そうなったわけじゃなくて随分前からそうだった。だからこそオバマが大統領ではなくなった瞬間、2017年1月、ホワイトハウスのスペイン語版ホームページは消されたのだ。この前ある人が言っていたが、トランプの就任日は2026年1月3日で、それまではただの序章に過ぎなかったのだ、と。キューバ出身の作家は、キューバには「冷戦」と「冷戦後の世界」の二つの終わりがいっぺんにやってきたのだと言っている。「冷戦」と「冷戦後の世界」の二つの終わりが同時にやってくる。「冷戦後の世界」も「冷戦」の世界を生きてきて、それが二つとも終わりそうだ。終わると言っても終わりを眺めているのではなくて、次の時代に無理やり入らされている。