2026年3月20日金曜日

3月20日

ホセ・レサマ=リマには妹エロイーサがいた。彼女はついこの前と言ってもいい2010年、91歳でマイアミで亡くなった。マイアミにいる彼女に宛てて、兄ホセは1960年代を通じ、亡くなる1976年まで手紙を書き続けた。その手紙に基づいて、彼の晩年を再現したドキュメンタリーが『エロイーサへの手紙』だ。60分に満たない短い映像だが、丁寧に作り込まれている。『パラディーソ』の刊行やそれが巻き起こしたスキャンダル、表舞台から徐々に姿を消しながらも、コルタサルのおかげで欧米で評価されたことなどが、多くの証言者から語られる。バルガス=リョサの証言はだいたいどこかですでに彼が言っていることとはいえ貴重だし(彼の甲高い声)、私も愛読した文芸評論家エンリコ・マリオ・サンティやアントニオ・ホセ・ポンテも熱く語っている。映像の中で、レサマ=リマがレイナルド・アレナスと映っている写真が出てくる。4人が映るその写真のアレナスはかなりいい男である。長袖の縦縞のシャツの裾を細身のズボンにいれ、後ろで手を組み、少しカールした黒髪が額にかかっている。真面目な目線がこちらのレンズを向いている。右横の白いシャツ姿のレサマは、いつもの通りちょっとしかめっつらで別の方に目を向けている。全員革靴を履いているから、何かのイベントに出かけようとしているのだろうか。ひょっとするとレイナルド・アレナスが『夜明け前のセレスティーノ』でUNEAC文学賞を受賞したときのセレモニーに向かう時かもしれない。そうか、今年2026年はレサマの没後50年である。

2026年3月19日木曜日

3月19日

今日、3月19日、勤務先の大学の桜が咲いた。朝は二、三輪だったらしいのだが、午後になってますます花が開いてきた。このところ中村彝記念館と佐伯祐三記念館に立て続けに行った。あのあたりの桜も咲いているだろう。1920年代にこの二人の画家がそれぞれ建てたアトリエ付きの住宅が記念館になったもので、無料で開放されている。行った日にはどちらとも訪問者がいたので、近隣に住む人が散策のついでに立ち寄るだけではなく、遠方からも訪れている人が多いのだと思った。アトリエには家具その他の調度品がそのままの様子で並べられ、絵の方はレプリカがあるだけだが、本物は美術展で見れば良いのである。画家の生涯が短くビデオでまとめられている。佐伯祐三は下落合、目白の風景を描いている。新宿区と豊島区にまたがるこの地域は、1920年代から30年代の池袋モンパルナスの画家たちがいたところだし、もっと後には手塚治虫のトキワ荘も南長崎で、ここには落合南長崎という、新宿区と豊島区の地名を合体させた駅がある。山手通り(環6)は関東大震災後に造られた道路だという。この二つの記念館は、その山手通りの東側、下落合の聖母病院を挟むように位置している。聖母病院の向かいには旧聖母大学、現在は上智大学の校舎が建っている。カトリック系で、国際聖母病院という名前の時代もあったので、聖母病院には、いまはどうなのかはわからないけれども、かつてはハイカラな雰囲気があったらしい。高齢者福祉施設も併設されているから、ここで産まれた人は、ゆりかごから墓場まで…… もできなくはないのだろう。近辺を散策し、聖母病院通りを下ると下落合駅である。神田川沿いに散策は続く。この川沿いの桜も、今日はもう咲いているだろう。

2026年3月16日月曜日

3月16日

海老塚耕一の「Correpond-1977年7月 大邱の余韻」を「いつもとなりにいるから 日本と韓国、アートの80年」(横浜美術館)で観た。海老塚は自然の石や木、鉄板などの金属を素材に作品を作っている人だ。この作品は、たたみ二畳を細長くした形の床板のようなもので、壮版紙(チャンパンジ)が使われている。この紙は、オンドルで温められた床板にはられる油を染み込ませた紙のことだ。海老塚耕一は横浜市鶴見区出身で在日コリアンと共に生きていた。1951年に生まれた彼が1977年という年号の入ったこの作品を書いたのは、その年に高峻石の自伝『越境-朝鮮人・私の記録』を読んだからである。おそらく海老塚は神奈川区にある神奈川朝鮮中高級学校に通う学生たちを知っていただろう。『国宝』の李相日はこの学校で学んだ。

2026年3月15日日曜日

3月15日

キューバ政府が米国と交渉していることを正式に認めたというニュースが日本語の新聞にも出てきた。3か月石油が入らず、日によっては20時間以上、100時間越えの停電が続いている地区があったりして、それにしても石油のことでは、ここも他人事ではないのだけれど、比べられるレベルじゃない。今になって気づいたのは、米国はベネズエラにしたことをせずに、結果的に同じことをしている。同じことを起こせる。そして、同じことを起こしたとしても、そこの市井の人たちの生は少しも変わらないだろう。ハバナの友人はウィルスにやられてすでに4か月が経っていても、まだ後遺症に苦しんでいる。電気が来たら飛び起きて、電気のあるうちに家事その他を済まさないといけない。

いま米国はキューバを崩壊させ、そのあと占領や利権の獲得を考えているのではなくて、存在を抹消しようとしているのではないか。ガザのことを思い浮かべたからこんなことを思っているのかもしれないが。オバマがキューバと国交回復したことを否定したいのもあるだろうし。

法の支配は終わり、力の支配の時代がやってきたと言われる。このまえひとみ座の人形劇『ペドロ・パラモ』を見ていて、力が支配する世界での人間の非人間化のような話なのだと思えてきた。

2026年3月9日月曜日

3月9日

中島京子の『夢見る帝国図書館』(文春文庫)を読んでいるのと前後して台北に行ったら春節と重なった。実はすぐその後には二・二八が控えていた。李昂(リー・アン)の短篇集『海峡を渡る幽霊』(藤井省三訳、白水社)の帯には「中島京子氏推薦!」とあって、こういうつながりが嬉しくない人はいないよね。短篇「花嫁の死化粧」は二・二八事件の追悼行事を緊張感のある文体で、まるでカメラで写したかのように追っている。こう言っていいのかどうかわからないが、カメラの「語り」が聞こえてくるような感覚がある。戒厳令下で拘束された政治犯の収容所跡の国家人権博物館に行った。リー・アンは戒厳令が解けたあと、民主化の時代に、バスケスやハン・ガンとも通底する筆致で書いている作家だ。彼女の『自伝の小説』(国書刊行会)は、パドゥーラの『わが人生の小説』(水声社)と「つくり」や目指すところに共通のものがある。東アジアの場合には植民地期とポスト植民地期では言語が異なるので、そのぶん複雑化する。『自伝の小説』とは原題で、翻訳ではない。日本語の「の」が用いられている。

2026年3月2日月曜日

3月2日

パナソニック汐留美術館で「美しいユートピア 理想の地を夢みた近代日本の群像」。岸田劉生、柳宗悦、今和次郎、宮沢賢治、松本竣介、立原道造、竹久夢二、磯崎新という固有名詞を与えられ、これらの人名を使って戦前戦後の日本近代美術・建築史を論ぜよ、という問題が解けますか?という話。ただし、この美術館がパナソニックによって運営されていることも考慮しなければいけない。住宅や陶磁器やインテリアの展示品が多いのは、母体の運営方針によるのでしょう。


2026年2月27日金曜日

2月27日

米国はもはやラテンアメリカ抜きには理解できない、たとえ支配者層がどんなに拒もうとしても。これはバッド・バニーのスーパーボウル以降言われていることで、確かにそうなんだろう。ラテンアメリカ抜きのアメリカは今そうなったわけじゃなくて随分前からそうだった。だからこそオバマが大統領ではなくなった瞬間、2017年1月、ホワイトハウスのスペイン語版ホームページは消されたのだ。この前ある人が言っていたが、トランプの就任日は2026年1月3日で、それまではただの序章に過ぎなかったのだ、と。キューバ出身の作家は、キューバには「冷戦」と「冷戦後の世界」の二つの終わりがいっぺんにやってきたのだと言っている。「冷戦」と「冷戦後の世界」の二つの終わりが同時にやってくる。「冷戦後の世界」も「冷戦」の世界を生きてきて、それが二つとも終わりそうだ。終わると言っても終わりを眺めているのではなくて、次の時代に無理やり入らされている。