大崎清夏は「ハバナ日記」(『目を開けてごらん、離陸するから』リトルモア)で、2018年2月1日から10日にかけて、トロント経由で行ったハバナへの旅について書いている。「ブックフェアの人混みに揉まれ、ケティの後をあっちへ行ったり、こっちへ行ったりしているうちに、スペイン語がわからないことに、というより、何もわからないまま誰かのあとをついていくしかないことに、いい加減、気持ちがばくはつしそうになってきた。さらに、実はアラマルを水曜日に引き払わなければならないことがわかり、それって今日じゃん。いつ行くの、次はどこに泊まればいいの?とケティに詰め寄ってしまった」(188から189ページ)。そして「ダニエルとカロリーナと一緒に詩の家に戻ると、扉が閉まっていて中に入れなかった。ええっ、スーツケースは?明日までスーツケースとはお別れだった。諦めて、ダニエルとタクシーに乗ってベダードに戻り、民泊の自分の部屋(があるって素敵!)でシャワーを浴びて、なんとか手持ちの服をやりくりして、グレーのタンクトップと、こういうときのために持ってきた大ぶりの三角ピアスでパーティー風に着替えた」(194から195ページ)。
世界は変わり続ける
El mundo cambia constantemente.
ラテンアメリカ文学、キューバの文学、カリブの文学などについてメモのようなものを書いています。忘れないように書いているというのもあるけれど、忘れてもいいように書いている。書くことは悪魔祓いみたいなもので、書くとあっさり忘れられる。それがいい。
Escribir es un acto de exorcismo. Escribir cura, alivia.
2025年7月5日土曜日
2025年7月4日金曜日
7月4日
ガルシア=マルケスの語りの声は、政治制度に対しても、覇権的権力の倫理的な基盤に対しても、不遜であることで知られている。しかしその不遜さは、男性が女性に対して有する特権の神話を解体するにはいたらない。すなわち、男性性を能動的な性、攻撃性、知的探求、公的権威と並び立たせ、女性性を介護者や家事労働に矮小化するような伝統的ジェンダー階層は、彼の世界では自然化された要素である。とはいえ、逆説的なことに、彼の作品の女性たちが服従を許さない性格を持っていることも、彼のナラティブの際立った要素である。ガルシア=マルケスの女性たちは、本来的に従順ではないし、喜んで言いなりになっているわけではない。女性たちが家父長制的な期待を破ろうとする姿が描かれることで、ガルシア=マルケス世界にははからずも、カリブとラテンアメリカにおけるジェンダーと権力に内在する矛盾があらわれているのだ。(Nadia Celis-Salgado, The Power of Women in Gabriel García Márquez's world)
2025年7月3日木曜日
7月3日
柴崎友香は『帰れない探偵』(143-144ページ)で、「時間が時間の速度で過ぎた。静寂とはこういう時間のことをいうのか(後略)」「生まれて最初に聞いた言葉、話した言葉、友人たちと毎日どうでもいいようなことをしゃべり続けていた言葉は、わたしの中から消えない。長い間会っていない友人たちの声が、何十年も前に交わした言葉が、今もときどき聞こえてくる」「テラさんがあっというまに彼らの音楽に馴染んでいくのと対照的に、リズム感も運動神経もよくないので、わたしの太鼓はたどたどしかった。それでも、そのたどたどしいリズムに他の楽器の音が応答するように音楽が紡がれ、歌が響き、観客たちが声を上げた」と書いている。管啓次郎は朝日新聞(7月2日夕刊)で、ル・クレジオの『歌の祭り』を引きながら、パナマのワウナナ族の儀式について書いている。その儀式では「男も女も、子供も老人も、宙に吊るされた丸木舟のまわりに集い『祈りのように、音楽を奏でる』」「この踊りに『詩』がともなうと言うのではないが、その根拠は潜在的には言語であり、神話だ」
2025年7月2日水曜日
7月2日
2025年7月1日火曜日
7月1日
2025年6月30日月曜日
6月30日
Shu-Mei Shih(史書美)の論文「Comparison as Relation」(関係としての比較」)。誰か日本語に訳してほしい。グリッサンの『関係の詩学』を踏まえている。彼女は「The Plantation Arc(プランテーション・アーク)」を提起。これは西インド、アメリカ大陸の南、東インドを同じ構造で考えること。奴隷制のもと組織化されたプランテーション・システムの構造を出発点に、それぞれの地域で相互に関係しているが異なる一つのルートをたどること。関係としての比較。柴崎友香『帰れない探偵』からは「昔の地図が、きれいすぎる気がした。(中略)もし、書き換えられているとしたら、高い技術があり、周到に行われている」(19)、「資料は、よく整理されていた。むしろ、整理されすぎている気がした」(63)など。記録の書き換え、消去、記憶の不確かさ。もとに帰れない探偵。消えてしまった探偵の家への路地。うっすらと恐怖が立ち上がってくる。また「誰かが話すそのとき、その人が見ている光景。いつか確かに見た光景。(中略)わたしはそれが見たいのに、ずっと見ることができない」(71)から、当事者と語り手の距離感。
今日は6月30日。