世界は変わり続ける
El mundo cambia constantemente.
ラテンアメリカ文学、キューバの文学、カリブの文学などについてメモのようなものを書いています。忘れないように書いているというのもあるけれど、忘れてもいいように書いている。書くことは悪魔祓いみたいなもので、書くとあっさり忘れられる。それがいい。
Escribir es un acto de exorcismo. Escribir cura, alivia.
2026年2月4日水曜日
2月4日
2026年2月2日月曜日
2026年2月1日日曜日
2月1日
2026年1月31日土曜日
1月31日
2026年1月29日木曜日
2026年1月25日日曜日
1月25日
東京国立近代美術館で「アンチ・アクション展」。展覧会場をまわっていくと、見開き2ページの解説文をピックアップできて、全部で14篇の「別冊アンチ・アクション」が出来上がる。
「抽象絵画は外界を再現する役割から解放され、素材と空間により見る人との間に出来事を起こす場となったのだ。したがって見る側は、作品に何が描かれているかではなく、作者が画面上で何をどう行ったかに、まずは目を向ける必要がある」(江上ゆか「それぞれの(アンチ・)アクション=制作行為」)
コレクション展では、新たに所蔵された岡崎乾二郎の以下の二つの作品が素晴らしい。
「屋根の熱気に吹きつけられ、祖父の顔は頭蓋骨のようにもう色褪せて見える。ところで彼は何といったのでしたっけ?灼熱の焼きごてを眼に入れられようとしたときに。「僕の美しいお友達、火よ。もう少しやさしくお願いします」。大丈夫。安心なさって。姉は日傘を取りにいき、祖父は指先をまるく尖った舌で冷やしていた。」
「背後から火事が迫ってきたとでもいうの、この顔の青さは普通じゃないわ、どうしたの?ぽつりと答えます。「惜しいと思うほどの物は捉まえようと追いかけず、一生惜しんで思い出せるようにしておいたほうがいいんだよ」。そうか。胡瓜の漬け方を、老婦人から習ったときみたいに、熟した実がひとりでに落ちる音を聞いた。」
2026年1月24日土曜日
1月24日
台北では台北ビエンナーレ2025(Whispers on the horizon)を台北市立美術館で見たのだが、その趣旨説明では呉明益『自転車泥棒』、候孝賢の『戯夢人生』、それに見たことのない陳映真の『My Kid Brother Kaonxing』が触れられていた。「From the cinema and literature of Taiwan, these are not mere stories; they are echoes of something deeper, something universal, something that reaches beyond their form.」
ガルシア=マルケスがエピグラフにあるのが呉明益の「歩道橋の魔術師」で、ニカノール・パラが引用されるのが「石獅子は覚えている」(どちらも『歩道橋の魔術師』)。
台北ビエンナーレで覚えているアーティスト:Ciou Zin-Yan, Anna Jermolaewa, Afra Al Dhaheri, Mohammad Al Faraj, Rana Begum, Wang Hsiang Lin, Shizuka Yokomizo, Chen Chih-Chi, Skyler Chen, Chen Cheng-Po, Fuyuhiko Takata, Kiriakos Tompolidis.
それから紀蔚然『台北プライベートアイ』(文春文庫)も。