2019年4月29日月曜日

『楽園をめぐる闘い』

ナオミ・クラインの新著を読んだ。

楽園をめぐる闘い』(星野真志訳)、堀之内出版、2019年。


彼女がプエルト・リコに出かけていることは、こちらで知っていた。スペイン語版の出版についてはこちら。あっという間に日本語になったわけである。

しかしプエルト・リコと「楽園」とはなんとそぐわない組み合わせであろうか。

この本では、ハリケーン・マリアのショックに立ち直れないところへ持ち込まれる「災害資本主義」と、実はそれに先行する形で進んでいたとんでもない米国起業家優遇政策(税金優遇政策など)が次々に明かされていく。

ハリケーンののち、プエルト・リコ人のエクソダスが起き、島は半ば空っぽになった。そこへ乗り込んでくるのは、新たな金融ゲームを享受しようという「プエルトピア人」たちだ。彼らはプエルト・リコでスペイン語が話されていることもよく知らない。
 
その一方で、プエルト・リコ人による共同体作りの夢、相互扶助に根ざした楽園実現に向けての運動(再生可能エネルギーや農業分野など)が進行している。カーサ・プエブロコキ・ソラールオルガニサシオン・ボリクアプロジェクト・デ・アポーヨ・ムトゥオなどだ。クラインはもちろん後者の方が希求する「異なる世界」「異なる未来」に夢を見つけようとしている。

この本は、どこかドキュメンタリー映画『ジャマイカ、楽園の真実』を思わせる(ここでも「楽園」という言葉が使われている。邦題だけのことだが)。ナレーションのジャメイカ・キンケイドの声が聞こえてくるような気さえする。

クラインは「時間との競争」というタイトルの章で本書を締めくくっている。

共同体づくりの運動は資本の速度と競争しなくてはならない。それは過酷なことだ。

「問題は、資本と違い、運動の動きは遅い傾向にあるということだ。これは、民主主義を深め、普通の人々に自分たちの目標を定めさせ、歴史の手綱を掴ませることを目的とする運動については、なおのこと当てはまるのである。」(115頁)
 
プエルト・リコは世界で最も古い植民地と言われる。

その長きに渡る植民地状態のおかげで、「プエルトリコの人びとは大きなことについて考えることに臆病なんです。 わたしたちは夢を見ているべきではない、自分たちを統治することすら考えるべきではないとされているんです。デカいことを思い描くという伝統がないんです。」(50頁)

かつてこの島の人びとはプエルト・リコの一つ星の国旗の禁止にも従順に従ったという。そのとき島のシンボルになったのは紋章で、そこには子羊が描かれている。まさしく従順。

このイメージを小説に使ったのがロサリオ・フェレの「カンデラリオ隊長の奇妙な死」(『呪われた愛』所収)である。


 

従順を嫌い、大きなことを思い描いたり、夢を見た人はどのような存在なのだろうか。

この短篇にはそんな人物が出てくる。 アメリカ合衆国の士官学校で学んだ軍人カンデラリオである。彼の理想とするのはシモン・ボリーバル。

しかしプエルト・リコには、ボリーバルにはあったような守るべき領土がない。彼は不穏な街の治安部隊の隊長に任命されると嬉々として引き受ける。

しかしタイトル通り、彼は死ぬ。

「完璧な国は世界のどこにも存在しない。そんなものがあると信じている者はたいてい詩人か夢想家であって、彼らは絶滅させられるか亡命するべきなのだ。カンデラリオ・デ・ラ・バジェもそんな一人だった。彼は人びとが理性的に、そして愛に生きることができる完璧な国を夢見て人生を無駄に過ごした。理性と愛は魂の両極に位置していて、絶対に折り合いがつかないのも知らずに。」(「カンデラリオ隊長の奇妙な死」の作者自身の翻訳よる英語版より。ちなみに英語版のタイトルは「カンデラリオ隊長の英雄的な最後の戦い」)。以下はそのロサリオ・フェレの短編集の英語版の書影。



フェレの短篇では、プエルト・リコは米西戦争100年後の1998年に無理やり独立「させられる」。島の人びとが決めたのではなく、米国がいきなり勝手にしろ、と放り出すわけだ。

ではその後ユートピアが築かれるかというと、そうはならず、島は一党独裁によって支配される。おそらくこのときフェレの頭にあったのはキューバだろう。

クラインの本の訳者は、解説でユートピアのディストピアへの反転可能性に触れているが、フェレの短篇はまさしくそれを描いたと言える。

スペイン植民地時代、プエルト・リコのサン・フアンは南米の小さな植民都市にあるような街路がめぐり、いくつもの十字路を通じて歩きまわれたのだろう。米国はその上に巨大なハイウェイを通し、カーブからなるジャンクションを落として粉々にした。私のサン・フアンはそんなイメージである。

2019年4月15日月曜日

三大陸

キューバのハバナで刊行されている雑誌『Tricontinental(三大陸)』は、簡単には手に入りにくいので、できる範囲で図書館を通じてコピーを取っている。

第1号(1967年7/8月)の目次は以下の通り。



 金日成、ストークリー・カーマイケル、フランツ・ファノンの名前がある。ある程度まとめて読まないといけないので、どこかのタイミングで図書館にこもる必要がある。

で、この雑誌やこの雑誌を出しているOSPAAAL(アジア・アフリカ・ラテンアメリカ人民連帯機構)のことについては、たくさん研究書があるのだろうが、例えば以下の本は読みやすいように思う。

裏表紙で紹介者として文章を寄せているのはヴィジャイ・プラシャド(『褐色の世界史』)。「第三世界」がプロジェクトであったように、「三大陸」もまたプロジェクトである。

Anne Garland Mahler, From the Tricontinental to the Global South, Duke University Press, Durham and London, 2018.



第2章の副題は「African American Civil Rights through a Tricontinental Lens」
第4章の副題は「Racial Politics in the "Latin, African" Nation」

この2章はキューバが中心。

まったく頭に入っていなかった流れが第3章の「Solidarity in Writings by Young Lords and Nuyoricans」。つまり、米国のプエルト・リコ系の人々である。

(この項、続く)

2019年4月7日日曜日

『ハバナ零年』その後/Cool Cool Filin

4月5日(金曜日)、荻窪の書店Titleで、作家の星野智幸さんとトーク・セッション、『だからおもしろい、21世紀のキューバ文学』を開いた。

とても素敵な本屋さんで、本に囲まれ、聴衆の方との距離感もちょうどよく、人数も30人くらい、心地よい雰囲気にあふれていた。

星野さんは、僕たちが1992年にキューバに行った時の写真を持ってきてくださった。写真を見て、そうそう、確かにこんなことがありましたねえ、と思い出すことあり、忘れていることあり。
 
『ハバナ零年』との出会いや翻訳をどのように進めたのか、という星野さんの問いかけに答える形で話を始めると、あとはほとんど何もかもが自然に展開していったという具合。

こちらも星野さんのキューバ(文学)についての考え、創作プロセスやご自身の作品の翻訳の事情など、日頃なかなか聞くことができない話を伺うことができた。

ちょうど、スペインの出版社Combaから、スペイン版の『ハバナ零年』が届いたところだった。



トークのBGMとして、『ハバナ零年』で引用されている歌を、共和国とTItleのご好意で小さな音で流してもらった。

翻訳の途中から、歌がたくさん出てくるな、と思っていたので、それをSpotifyで検索したら結構出てくるのでプレイリストにしておいた。

実は作者のカルラ・スアレスも自身のホームページで、完璧なBGMリストをこちらで作っている。ぜひ合わせて楽しんでいただければ。

たまたま手に入れたキューバ音楽『Cool Cool Filin 2』を聴いていて驚いたのは、『ハバナ零年』に出てくる歌い手たちの次の世代が中心になっていて、このアルバムもBGMとしてピッタリである。





1. Sentimiento センティミエント -Osdalgia Lesmes-
2. Nada son mis Brazos ナダ・ソン・ミス・ブラソス -Ela O’Farrill-
3. Déjame ir デハメ・イール -Roberto Carcassés y Enrique Álvarez-
4. Cómo te atreves よくもそんなことを -Frank Domínguez-
5. Tony y Jesusito トニーとヘスシート -Ñico Rojas-
6. Imágenes 心の風景 -Frank Domínguez-
7. Háblame de amor 私に愛を語って -Telmary Díaz - R. Carcassés-
8. Contradicción 矛盾 -Osdalgia Lesmes-
9. Mi corazón baila mambo ミ・コラソン・バイラ・マンボ -Rosendo Ruiz Jr.-
10. Mariposa マリポサ -Roberto Carcassés-
11. Meditación 瞑想 -Roberto Carcassés-
12. Mi mejor canción 私の最高の歌 -José Antonio Méndez-
13. Canto de amor a la Habana ハバナへの愛の歌 -Tanmy López-Tony Guerrero- 


最後の「ハバナへの愛の歌」はこちらで聴ける。

歌声に耳を傾けると、「ハバナ(アバナ)」という単語が聞こえるだろう。定冠詞 la のない、ただシンプルに、「ハバナ」と呼びかけるのが。

Habana, es simple, te adoro
Por la magia de tus calles
Por tu gente y tus detalles
Por tus albores de oro

(ハバナ、ただ単に、君のことが大好きなの
街路の魅力
暮らしている人や細部
黄金の夜明け)