2023年3月13日月曜日

3月13日 La casa verde (7)

3部0章はもしかすると最もわかりにくいところかもしれない。

ここでは二つの時間が並行して流れている。どちらもサンタ・マリア・デ・ニエバだが、一つはカピローナの木の下の場面。カピローナというかなり高い木はアマゾンの熱帯雨林の大木。薪としても使われる。このカピローナ木周囲で展開するのをAとする。

もう一つは、シプリアーノ中尉の後にやってきた新任の中尉が軍曹らに案内された直後、フムがやってきて彼の身に起きていることを知らされる場面。こちらをBとする。時間的にはAがまずあって、それから相当の時間が過ぎてからBになる。

Aの場面ではアグアルナのフムがウラクーサから連行され、懲罰のために広場にあるカピローナの木に吊るされている。木の下にはニエバの行政官レアテギ、アレバロ・ベンサス、マヌエル・アギラ、デルガード伍長らがいる。フムはデルガード伍長が案内人ニエベス、使用人とウラクーサに立ち寄った時、彼らに襲いかかり、伍長はなんとか逃げ出し、その後、レアテギが腹を立ててウラクーサに行き、フムを虐待するとともに彼とアグアルナ族の少女とを連行した。この少女はボニファシアと思われるが、この点についてはまた別にする。いずれにしろこのAでは、木の上にいるフムが先住民語で話し、それを通訳がカタコトのスペイン語で白人たちに伝えている。白人たちが先住民に対してやりたいほうだいであることがよくわかる。これは2部3章Dの続きということになる。

一方Bだが、ニエバに連れてこられて上で書かれているように虐待され髪も切られた(髪を切られることはアグアルナにとって屈辱的なことである。髪が短いままではウラクーサには戻れない)フムはかなりの時間をこの土地で過ごしているようだ。すでにレアテギは行政官ではなく、ファビオ・クエスタに変わっている。その時間の流れは全く感じさせずにBの物語が展開するので困ったものなのだが、いずれにしても新任の中尉がやってきたので、事情を説明しようとする。そして彼が説明するのが、ウラクーサで虐待のほかもっと大切なこととしてデルガド伍長にゴムを奪われたということである。自分たちの商売を台無しにされたということだ。このパートには書いてないが、アグアルナは協同組合を組織中で、そのことがレアテギ、またとりわけペドロ・エスカビーノを怒らせていたわけだ。フムは中尉と話をするために軍曹(これはリトゥーマ)を介して面会を申し出たのだった。フムはスペイン語ができないので通訳が必要なのだが、この時通訳をやるのがニエベスである。ニエベスがここに出てくるのは意外な感じがする。

というわけで、要するにバルガス=リョサ特有の手法である二つの物語の並行なのだが、ここではその切れ目が極めてわかりにくく、同じ文章の中で場面が切り替わる。

Bueno, y que ahora le dieran algo de comer y se fuera sin que nadie más le pusiera un dedo encima, capitán, por favor que se lo repitiera él mismo. Y el capitán con mucho gusto, don Julio, llama al cabo: ¿entendido? Se había acabado el escarmiento, ni un dedo encima, y Julio Reátegui: lo importante era que volviera a Urakusa. Nunca más pegando a soldados, nunca engañando patrón, que si los urakusas se portan bien los cristianos se portan bien, que si los urakusas se portan mal los cristianos mal: que le tradujera eso, y el sargento lanza una carcajada que alegra todo su rostro redondo: ¿qué le había dicho, mi teniente? (p.249、下線部引用者)

引用では、Aから始まって、下線が引かれているところからBに切り替わる。

アグアルナに襲われて逃げ出したニエベスがフムの通訳をつとめ、フムの話の中には逃げ出したニエベスそのものが言及されるのだが、彼は素知らぬ顔をしている。またニエバに連行された少女を返して欲しいともフムは訴えるが、その少女(これがボニファシアだとすれば)とその後関係を持っている軍曹(リトゥーマ)も、そんな少女がどこに行ったのかわからないとフムに言っている。



2023年3月11日土曜日

3月11日 La casa verde (6)と近況

2部0章続き。

状況としては、前のエントリーで書いたようにイキートスからやってきたドン・フリオ(レアテギ)が、行政官のドン・ファビオ(クエスタ)と共に伝道所へ行き、修道院長とマザー・グリセルダと面会する。フリオは4年前に知り合ったボニファシアともう一人の少女をイキートスに連れて帰ろうとするが、ボニファシアが態度を硬化させたので断念する。

フリオ・レアテギはまるで少女を家政婦として働かせるために連れて帰ろうというので、マザーたちが難色を示す。

Él lo sabía de sobra, madre, por eso él y su señora siempre colaboraron con la misión, si había algún inconveniente no pasaba nada, madre, no se dijo nada, por favor que no se preocupara. La superiora no se preocupaba por ellos, don Julio, sabía que la señora Reátegui era muy piadosa y que la niña estaría en buenas manos. El doctor Portillo era el mejor abogado de Iquitos, madre, ex diputado, si no se tratara de una familia decente, conocida, ¿se habría atrevido Julio Reátegui a hacer esa gestión? Pero le repetía que no pensara más en eso, madre, y la superiora sonríe de nuevo: ¿se había enfadado con ella? (p.146-147)

「わかっていますよマザー、ですから彼も妻もいつも伝道所とは協力しているのです、なにか不都合があっても大丈夫ですマザー、おおやけになることはありません、どうか心配なさらずに。修道院長はなにも心配していませんよドン・フリオ、レアテギ夫人が慈悲深い方で、少女が信頼できる人の手に委ねられることはわかっています。ポルティーリョ先生はイキートスで一番の弁護士ですマザー、元議員です、もし家柄の良い有名な家系の出でなかったら、フリオ・レアテギはその手順を踏もうとしたでしょうかしかし彼は、繰り返しますがその点についてはもう考えないでくださいマザー、すると修道院長は再び微笑む--彼は彼女に腹を立てているのかしら?」

フランス語訳では下線部は次のようになっている。スペイン語と同じといえば同じ。

Me Portillo était le meilleur avocat d'Iquitos, ancien député, s'il ne s'agissait pas d'une bonne famille connue, Julio Reátegui se serait-il permis de faire cette démarche?(La Maison verte, Éditions Gallimard, 1969, p.114)


この下線部について、スペイン語では主語は省略できるが、madre(マザー)という呼びかけ語があるので、se habría atrevidoだけでもフリオ・レアテギが主語であることは判断可能だろう。しかしこのようにフルネームで表記されていると、地の文のようにも読める。そして地の文だとすると、フリオ・レアテギの内面の声のようにも読めてくる。自由間接話法特有の、地の文でもあり声でもある二重性があらわれている箇所だ。しかし日本語は、地の文と実際の声では決定的に異なる。「フリオ・レアテギはその手順を踏もうとしたでしょうか?」なら発話。しかし主語がフルネームで違和感を感じるだろう。「フリオ・レアテギはその手順を踏もうとしただろうか?」なら地の文。


2部1章Aは、再びチカイスにいるel sargento(軍曹がピウラ出身であることがわかるのがここ)、el Pesado、el Chiquito、el Rubio、案内人Adrián Nieves。

このパートは自由間接話法はなさそうにはじまって、やはり出てくるがわかりやすい。伝道所から逃げ出した先住民少女たちを探している。男たちだけの下品な会話の後、眠りにつく。軍曹だけが眠らず、案内人ニエベスと話。最後の部分は次の通り。


—En cambio, usted es una buena persona, sargento —dijo Nieves—. Hace tiempo que estoy por decírselo. El único que me trata con educación.
—Porque lo estimo mucho, don Adrián —dijo el sargento—. Siempre le he dicho que me gustaría ser su amigo. Pero usted no se junta con nadie, es un solitario.
—Ahora será mi amigo —sonrió Nieves—. Un día de éstos vendrá a comer a mi casa y le pre- sentaré a Lalita. Y a esa que hizo escapar a las niñas.
—¿Cómo? ¿La Bonifacia esa vive con ustedes? —dijo el sargento—. Yo creía que se había ido del pueblo.
—No tenía donde ir y la hemos recogido —dijo Nieves—. Pero no lo cuente, no quiere que sepan dónde está, porque es medio monja todavía, se muere de miedo de los hombres.
La casa verde,  p.160)

「「その代わりあなたは善人だ、軍曹」ニエベスは言った。「前からそれを言いたくてね。礼儀正しく私と付き合ってくれるのはあなただけだ」
「あなたには一目置いているのでね、ドン・アドリアン」軍曹は言った。「あなたと友人付き合いがしたいものだと言ってきた。しかしあなたは誰とも交わらない、一人が好きだ」
「これからは友達になりましょう」ニエベスは微笑んだ。「近いうちに家に来てくださいよ、ラリータを紹介します。それに少女たちを逃したあの子も」
「なんだって?ボニファシアはあんたたちのところにいるのかい?」軍曹は言った。「てっきり村から出ていったものだと思っていたよ」
「行くあてがないので我々が引き取ったんですよ」ニエベスは言った。「でも誰にも言わないでください、どこにいるか知られたくないんで。半分はまだ尼僧で、男をひどく怖がっていますから」」




La casa verdeを英訳・仏訳を駆使しながらしばらく読み続けようと思っている。『ラ・カテドラルでの対話』と同じような時期に書かれた小説だが、人物の造形ではこちらの方はまったく目新しい。

ボニファシアと、バルガス=リョサが1958年に実際に訪れて知り合ったフムの二人について考えている。考えるといっても、まずは話を整理しないことにはどうにもならないので、このブログで書いているのはそのための準備作業である。

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①今年の3月は、日々の業務としてはすでに4月がはじまっているようなもので、本当に4月になったらこれに授業が加わる。突発的なことが入り続けるのだろうなあ。

②大学は少し難しい問題に突き当たっていて、こういう問題をどのように解決していくのかも含め、5年後どころか3年後さえどうなっているのか予想がつきにくい。3年経ってもなんにも変わらずやっているのかもしれないし。

③いや、いくらなんでも利益最大化作戦には限界が見えている。そもそも現状でも最大化どころか減ずるのを食い止めている(ように見せている)だけなのに・・・

④知でも研究でも、あるいは単純な好奇心でもいいけれど、そういうものを維持するために必要となる基盤は誰がどうやって支えてくれているのかについてもっともっと真剣に、そしてもっともっと深刻にならないといけないよなあ、と。

⑤そんなことを考えながら、『エンパイア・オブ・ライト』ではイギリス詩が何篇か引用され、フィリップ・ラーキン(1922-1985)という詩人を知り、彼の「樹々 The Trees」という詩が素晴らしかった。この詩を、大学に進学するために新しい街に向かう列車の中で読んだ、イギリス1980年代のトリニダード系移民の息子スティーヴンはまだ建築家になる未来を抱けたのだなあ・・・

2023年2月27日月曜日

2月27日 La casa verdeの難所(5)

さらにLa casa verdeについて。

1部4章Cでアドリアン・ニエベスは伍長と使用人を置いて一人で逃げて、最終的にはフシーアとラリータに助けられる。

2部0章もまた難所である。

小型船がサンタ・マリア・デ・ニエバに着いてフリオ・レアテギが下船し、彼を出迎える面々がいる。現在形を中心に、過去形が入ってくる。フリオはイキートスからやって来たようである。

ファビオ・クエスタ:かつてイキートスにいてホテル経営をしていたが、現在サンタ・マリア・デ・ニエバの行政官。前任者はフリオ・レアテギ。

以下の3名はすでに出てきた。

マヌエル・アギラ

ペドロ・エスカビーノ

アレバロ・ベンサス

フリオ・レアテギは彼らと一通り挨拶し、その後、ファビオ・クエスタとともに伝道所の住居へ向かう。マザー・グリセルダに迎えられた後、待っている間に二人の男は会話を続ける。

No había duda, don Fabio estaba contento en Santa María de Nieva, con qué orgullo contaba las cosas de acá, ¿era esto mejor que administrar el hotel?, si hubiera seguido allá, en Iquitos, tendría ahora una buena situación, don Fabio, es decir, económicamente. Pero el gobernador ya estaba viejo y, aunque le pareciera mentira al señor Reátegui, no era hombre de ambiciones. ¿Así que no aguantaría ni un mes en Santa María de Nieva?, don Julio, ya veía que aguantó y, si Dios lo permitía, no saldría nunca más de aquí. ¿Por qué se empeñó tanto en este nombramiento?, Julio Reátegui no acababa de entenderlo, ¿por qué quiso reemplazarlo, don Fabio?, ¿qué buscaba?, y don Fabio ser, que no se riera, respetado, sus últimos años en Iquitos habían sido tan tristes, don Julio, nadie podía saber las vergüenzas, las humillaciones, cuando él lo llevó al hotel vivía de la caridad. Pero que no se pusiera triste, aquí en Nieva todos lo querían mucho, don Fabio ¿no consiguió lo que buscaba? Sí, lo respetaban, el sueldo no sería gran cosa, pero con lo que el señor Reátegui le daba por ayudarlo le bastaba para vivir tranquilo, también esto se lo debía, don julio, ah, no tenía palabras. (p.143)

「間違いない、ドン・ファビオはサンタ・マリア・デ・ニエバにいられて満足している、こちらでの出来事をさぞ誇らしく語っている、ホテルを経営するよりこっちのほうがいいのかね?、もしイキートスに居続けたらいまごろいい状況になっていたはずだねドン・ファビオ、経済的にという意味だが。しかし行政官はすでに年齢も年齢で、レアテギ氏には本心には聞こえないが、野心のある人間ではなかった。だからサンタ・マリア・デ・ニエバでは一ヶ月ともたないでしょうですってドン・フリオ?、もったことがすでにわかったでしょう、もし許されるならここから二度と出るつもりはない。なぜ彼がこのポストにこれほどこだわったのか?フリオ・レアテギにはそれがわかっていなかった、なぜ自分の後任になりたかったのだねドン・ファビオ?、何を求めていたんだね?するとドン・ファビオは、笑わないでください、尊敬されたかったのですよ、イキートスの最後のころはかなり悲しいものでしたからドン・フリオ、誰一人として恥辱や屈従を知らず、彼[フリオ]がホテルに連れていったとき、施しで暮らしていた。しかし悲しくならんでいい、ここニエバではみんなが必要としてるよドン・ファビオ、探していたものを得たのではないかね?確かに尊敬されていた、給料は大した額ではないが、レアテギ氏が手助けでくれたものでやっていくのに十分だった、このこともあなたのおかげですドン・フリオ、ああ感謝しきれません」

いずれにしても自由間接話法は訳しにくい。呼びかけ語がない場合には地の文に近づけ、呼びかけ語の前後で口語っぽさを出している。

Julio Reátegui cierra los ojos, don Fabio queda pensativo, su mano lenta, afectuosamente recorre la calva: de veras, ¿sabía don Julio que murió la madre Asunción?, ¿recibió su carta? La había recibido y la señora Reátegui escribió a las madres dándoles el pésame, él añadió unas líneas, una buena persona la monjita y don Fabio había hecho algo que no era muy legal, poner a media asta la bandera de la Gobernación, don Julio, para asociarse al duelo de alguna manera y ¿la madre Angélica estaba bien?, ¿siempre fuerte como una roca, esa viejecita? Se oyen pasos y ellos se ponen de pie, van al encuentro de la superiora, don Julio, madre, una mano blanca, era un honor para esta casa tener de nuevo aquí al señor Reátegui, qué contenta estaba de verlo, por favor, que se sentaran y ellos justamente estaban hablando, madre, recordando a la pobre madre Asunción. (p.144)

「フリオ・レアテギは目を閉じ、ドン・ファビオは考え込み、片手はゆっくり優しく禿げた頭部を撫でる--本当に、ドン・フリオはマザー・アスンシオンが死んだことを知っていますか?手紙は受け取りましたか?手紙は受け取り、レアテギ夫人がマザーたちにお悔やみの手紙を書き、彼が数行付け加えた、修道女は善人だったな、ドン・ファビオはあまり合法とは言えないことを行なった、役所で半旗にしましてねドン・フリオ、何らかの形で追悼に加わろうとしまして、マザー・アンヘリカは元気かな?いつも岩みたいに強靭だな、あの方は?足音が聞こえ、彼らは立ち上がり、修道院長を迎えに行き、ドン・フリオ、マザー、白い手、レアテギ氏をこの館に改めて迎えるのは光栄で、お目にかかれて大変嬉しいです、お願いですから腰掛けてください、すると彼らはちょうど話していましてね、マザー、かわいそうなマザー・アスンシオンを思い出していましてね」

ここではドン・フリオやドン・ファビオが呼びかけ語ではない局面でも使われているように見えるが(1行目と4行目のドン・ファビオと2行目のドン・フリオ)、発話のように訳したり。地の文と思考や会話の継ぎ目を曖昧にしつつ。

だんだん自由間接話法の訳し方の話になっている・・・・・・




2023年2月23日木曜日

2月23日 La casa verdeの難所(4)

1部3章Cは出だしから当惑させられるのだが、何行か読んでいくと場面がつかめる。ボルハの駐屯地での志願兵(大尉が言及していた)の訓練をささっと描写しているのだ。志願兵がボルハに着いた直後のことで、それが終わって以下の場面になる。

Y una mañana viene el cabo Roberto Delgado, un paso adelante el recluta que era práctico y Adrián Nieves a sus órdenes, mi cabo, él era. ¿Conocía bien la región, río arriba? y él como esta mano, mi cabo, río arriba y también río abajo y entonces que se preparara que se iban a Bagua. Y él llegó el momento Adrián Nieves, ahora o nunca. Parten a la mañana siguiente, ellos, la lanchita, y un sirviente aguaruna de la guarnición. (p.99)

「するとある朝、ロベルト・デルガード伍長がやってきて案内人の志願兵は一歩前へ、するとアドリアン・ニエベスが、お申し付けください伍長、自分です。その地域、上流をよく知っているか?すると彼は、お安い御用です伍長、上流と下流も、するとバグアに行くから用意しろ。すると彼は、好機だアドリアン・ニエベス、いま行かなければ二度とない。彼ら、小型船、駐屯地のアグアルナ族の使用人は翌朝出発する。」


こうして出発した彼らの道中の描写には別の話が入り込んでくる。

El cabo Roberto Delgado viaja contento, habla y habla, llegó un teniente costeño que quiso conocer el pongo, ellos es peligroso, mi teniente, ha llovido mucho, pero él quiso, y fue y la lancha se volcó y se ahogaron todos y el cabo Delgado se salvó porque se inventó una terciana para no ir, habla y habla. El sirviente no abría la boca, mi cabo, ¿el capitán Quiroga era selvático?, Adrián Nieves era el que le conversaba. (下線引用者、p.99)

ロベルト・デルガード伍長は旅行を楽しみ、話が止まらず(habla y habla)、その話の一つが沿岸地方出身の中尉(teniente)のことだ。そこは点過去形(llegó)が使われている。habla y hablaの後のllegóのところが最初はどうしてもわからなかった。一旦わかってしまうと楽だ。

pongo[ポンゴ]は「川の狭くなった危険なところ」を意味する単語で、語源はケチュア語である。フランス語ではcluse(横谷)。「横谷」があるということは、「縦谷」もあるということで、これは「横谷」だろう。

結局3人(デルガード伍長、案内人、使用人)は2日かかってウラクーサに到着。

1部3章Cのことはここまでにしておいて、続く1部4章は、1部3章と同じ配列。

A 伝道所

B フシーア

D アンセルモ

C デルガード伍長ら(ウラクーサ)

E リトゥーマ


Cパートは伍長、ニエベス、使用人がウラクーサに泊まった翌朝のことだ。ここははっきりと前章の続きとわかる。

Y a la madrugada se levantan para seguir viaje, bajan el barranco y la lanchita no está. Comienzan a buscarla, Adrián Nieves de un lado, del otro el cabo Roberto Delgado y el sirviente y, de repente, gritos, piedras, calatos y ahí está el cabo, rodeado de aguarunas, le llueven palos, también al sirviente y ahora lo han visto y los chunchos corren hacia él, miéchica, Adrián Nieves, te llegó tu hora, y se tira al agua: fría, rápida, oscura, no saques la cabeza, más para adentro, que lo agarre la corriente, ¿flechas?, se lo jale río abajo, ¿balas?, ¿piedras?, miéchica, los pulmones quieren aire, la cabeza anda mareada como un trompo, cuidado con el calambre. (p.129)

「すると明け方彼らは起床して旅を続けようと、崖をおりると小型船がない。探しはじめ、アドリアン・ニエベスはいっぽうへ、ロベルト・デルガード伍長はもういっぽうへ、そして使用人も、すると突然、怒鳴り声、石、裸の男たち、するとそこに伍長がいたので、アグアルナ族に囲まれ、棒で叩かれ、使用人も叩かれ、すると彼も見つかって、先住民たちは彼に向かって駆け出し、くそ、アドリアン・ニエベス、これで最期だ、そして水に飛び込む--冷たく、流れは早く、暗く、おまえ頭を出すんじゃない、もっと深く、流されろ、矢か?下流まで引っ張られろ、銃弾か?石か?くそ、肺が空気を欲しがっている、頭がコマのように回っている、痙攣に気をつけろ。」


ここにきてわかるのは、「くそ、アドリアン・ニエベス、これで最期だ」のところが、ニエベスが自身に向かって言っていることだ(te llegó tu hora)。そうすると、このエントリーの上の方で引用した、Y él llegó el momento Adrián Nieves, ahora o nunca.のところは、上では「すると彼は、好機だアドリアン・ニエベス、いま行かなければ二度とない」と訳したが、ここは伍長がニエベスに言っているとも、またニエベスが自身に言っているとも読めてくる。ニエベスが自身に言っているとすれば(そのように読んだ方がいいと思うが)、ニエベスは今の境遇から逃れたいと思っているともとれる。

こうしてCパートに絞って読んできて、文体的な特徴がかなりつかめた。




2023年2月22日水曜日

2月22日 La casa verdeの難所(3)

 続いて1部3章では、パートが入れ替わっている。今まで3番目にあったサンタ・マリア・デ・ニエバの白人事業者たちのパートではない。小型船で軍人がどこかに到着したところから始まるパートが4番目に来ている。現在形の描写を中心としてそこに過去時制が混ざってくる文体的な特徴から見て、ここは2章のCと共通する。なので以下のように並んでいる。

A 伝道所

B フシーア 

D アンセルモ

C デルガード伍長(ボルハの駐屯軍から移動)

E リトゥーマ


それにしてもこのCパートはわかりにくい。1部1章Cに戻ってみると、舞台を読み違えていたことに気づいた。サンタ・マリア・デ・ニエバではなく、ボルハの駐屯地と思われる。

この1部1章Cで出てくるのは

el cabo Roberto Delgado(デルガード伍長):Bagua出身

el capitán Artemio Quiroga(キローガ大尉)

二人はボルハの駐屯地にいる。ボルハはサンタ・マリア・デ・ニエバからマラニョン川を下ったところにある。

下った、と書いたが、そもそもマラニョン川の流れる方向が感覚的につかみにくい。リマの右上(北東)のアンデス山脈の中のChingalpoあたりが源流で、そこから北西の方角に流れている。その後、このCにも出てくるバグア(Bagua)近くから北西に向かって下っている(Baguaはマラニョン川沿いの村ではない)。それからマラニョン川は最終的にはアマゾン川になる。

バグアあたりからますます下りながら(と言ったって、どれくらいの傾斜なのかわからないが)、ウラクーサ(Urakusa)やサンタ・マリア・デ・ニエバを通っていく。ちなみにUrakusaはUracuzaという綴りでも見つかる。

ウラクーサにはアグアルナ族が居住している。

1部1章Cは最初はサンタ・マリア・デ・ニエバでの話だと思っていたが、上に書いたようにボルハの駐屯地である。デルガード伍長がキローガ大尉に休暇申請して、案内人を連れて行きたいと希望すると、大尉と伍長のあいだで以下のように「会話」する。

Entre los reclutas que llegaron la semana pasada había un práctico, que se llevara a ése y a un sirviente que fuera de la región. Eso sí, tres semanas, ni un día más y el cabo ni uno más, mi capitán, se lo juraba. Choca los talones, saluda y en la puerta se detiene con perdón, mi capitán, ¿cómo se llamaba el práctico? Y el capitán Adrián Nieves y el cabo ya se estaba yendo que él tenía trabajo atrasado. (p.48)

「先週着いた志願兵の中に案内人がいるから、そいつと、その地方出身の使用人を連れて行け。そう、[休暇は]3週間で1日も延ばすな、すると伍長は1日も延ばしません大尉、誓います。踵を鳴らして敬礼して、ドアのところで立ち止まり、すいません大尉、案内人はなんという名前ですか?すると大尉はアドリアン・ニエベス、すると伍長はすでに出て行くところで、仕事が遅れているのです。」

こうして、1部1章Cから1部2章Cの最後(「ウラクーサで伍長と案内人とボルハの駐屯軍の使用人に起きたことを知らないのか?つい先週のことだよドン・フリオ、そして彼は何だ、何があったんだ。」)の繋がりが確認できて、これでようやく1部3章Cに入れる。

もちろん「繋がり」と言っても、読後に頭にふわっと残るストーリー展開が、その後の方でふわっと繋がっていくので、章ごとのCだけを取り出して繋げても繋がらない。




2023年2月21日火曜日

2月21日 La casa verdeの難所(2)

前のエントリーの続き。

サンタ・マリア・デ・ニエバで繰り広げられる白人たちの会話は、このパートの冒頭では4名だったのだが、途中から増えている。白人たちはアグアルナ族と取引をしようとしていたのだが、ese par de tiposに邪魔をされた経緯をJulio Reáteguiに訴えている。訴えの場面から出てくるのが以下の2名。

Bonino Pérez

Teófilo Cañas

しかしそこにはさらに、intérprete(通訳)とアグアルナ族のJumもいる(もっと言えば、Jumのほかに老人の小男もいる)。Bonino Pérezは、アグアルナ族がいくらでゴムを売ったのかを訊くと、Jumは通訳を介して、質が良ければキロあたり2ソル、普通のなら1ソルと答える。その続きが以下のようになる。ここでも線過去形が出てくるのが特徴。Bonino Pérezとフルネームを使うので地の文のように始まるが、動詞は線過去lo sabíaで、すぐ後にhermanoと呼びかけ語が使われている。

Bonino Pérez lo sabía, hermano, la puta que los parió, qué cabrones tan cabrones, y al intérprete: malos peruanos, ellos lo vendían a veinte el kilo, los patrones cojudeándolos, que no se dejaran, hombre, que llevaran el caucho y las pieles a Iquitos, nunca más comercio con esos patrones: tradúcele eso. Y el intérprete ¿diciéndoles?, y Bonino sí, ¿patrones robándoles diciéndoles?, y Teófilo sí, ¿malos peruanos diciéndoles?, sí, sí, ¿patrón cojudeando diciendo? y ellos sí, sí, carajo, sí: diablos, ladrones, malos peruanos, que no se dejaran, sí, carajo, sin miedo, traduciendo eso. (p.74)

ここでpatronesはese par de tiposのことを指しているのだろう。

考えてみれば、この本の1部0章にあたるところ、すなわち冒頭でも現在形の中に線過去形が入ってくるのが特徴だった。

El sargento echa una ojeada a la madre Patrocinio y el moscardón sigue allí. La lancha cabe- cea sobre las aguas turbias, entre dos murallas de árboles que exhalan un vaho quemante, pegajoso. Ovillados bajo el pamacari, desnudos de la cintura para arriba, los guardias duermen abrigados por el verdoso, amarillento sol del mediodía: la cabeza del Chiquito yace sobre el vientre del Pesado, el Rubio transpira a chorros, el Oscuro gruñe con la boca abierta. Una sombrilla de jejenes escolta la lancha, entre los cuerpos evolucionan mariposas, avispas, moscas gordas. El motor ronca parejo, se atora, ronca y el práctico Nieves lleva el timón con la izquierda, con la derecha fuma y su rostro muy bruñido permanece inalterable bajo el sombrero de paja. Estos selváticos no eran normales, ¿por qué no sudaban como los demás cristianos? Tiesa en la popa, la madre Angélica está con los ojos cerrados, en su rostro hay lo menos mil arrugas, a ratos saca una puntita de lengua, sorbe el sudor del bigote y escupe. (下線部引用者, p.13)

ここの後半は以下のように訳せるだろう。

「案内人のニエベスはハンドルを左手で握り、右手ではタバコを吸い、てかてかに光る顔立ちは麦わら帽子の下でも変わらない。この密林の連中は普通じゃない、なぜほかの人間のように汗をかかないのだ?マザー・アンヘリカは船尾で体を硬直させたまま、両目を閉じており、顔には少なく見積もっても千本の皺が刻まれ、ときどき舌先を出しては上唇のあたりの汗をすすって吐いている。」

そしてこの後、地の文のように始まって動詞が線過去になる特徴的な文体が再び現れる。

El moscardón bate las alitas azules, despega con suave impulso de la frente rosada de la madre Patrocinio, se pierde trazando círculos en la luz blanca y el práctico iba a apagar el motor, sargento, ya estaban llegando, detrás de esa quebradita venía Chicais. (下線部引用者、p.13)

「アブが青い羽をばたつかせ、マザー・パトロシニオのピンク色の額からすっと飛び立って、円を描きながら白い光の中に消え、案内人はエンジンを切ろうとして、軍曹、もう着きますよ、その小さくて狭い谷の向こうがチカイスですから。

現在形は描写に使われ、線過去形は思ったことや言ったことに使われている。こうして整理してみると、1部2章Cはだいぶわかりやすくなってくる。

そして1部2章Cの最後は以下の通り。

¿No sabía lo que pasó en Urakusa con un cabo, un práctico y un sirviente de la guarnición de Borja? La semanita pasada, nomás, don Julio y él qué, qué había pasado. (p.75)

「ウラクーサで伍長と案内人とボルハの駐屯軍の使用人に起きたことを知らないのか?つい先週のことだよドン・フリオ、そして彼は何だ、何があったんだ。」





2023年2月19日日曜日

2月19日 La casa verdeの難所 (1)

Mario Vargas LlosaのLa casa verde(1966)には難所がある。

この小説はまず、全体が4部とエピローグに分かれている。要するに5部ある。ここにすでにこの本の読み方が示されているようだ。一冊の本に5つの小説が入っていることだ。

実際、この「部」にあたるところを、スペイン語では、Uno, Dos, Tres, Cuatro, Epílogoと書いてある。つまり「1部」をPrimera parteとは表記していない。

そしてその各部が概ね4つの章に分かれている(そうではないところもあるが)。章はスペイン語ではCapítuloである。1章はCapítulo I, 第2章はCapítulo IIと、章番号にはローマ数字を使っている。

こんな表記の仕方はどうでもいいと言えばいいのだが、のちのちのために書いておく。

さらにその章の中は、概ね5つのパートに分かれている。ここも5である。パートと言っているが、これは便宜的な言い方である。パートが変わるごとに1行空いている。1行の空白があり、人物・舞台が違ってくるので、パートの見分けがつかない人はいない。

実はこれでもまだ説明は終わっていない。実は各章の頭には、数字の振られていないパートがある。ここは数字が振られていないので、便宜的に0章とする。

Kindle版を使って読んでいるのだが、1部の目次を見ると、以下のようになっている。


Uno

 Capítulo I

 Capítulo II

 Capítulo III

 Capítulo IV


Unoと書かれたページをめくると、いきなり文章が始まり、そこは章番号が置かれていない。だから0章と理解しているのだが、しばらく進むとその部分が終わり、1章がはじまる。

つまりこの0章にあたる部分は目次には見えない、隠された部分である。小説家がこういう隠された部分を置いたら、なんらかの意味づけがあるとみて間違いないだろう・・・5つあるが、4に見せている。

さて、次いで章のなかにある5つのパートについての説明が必要だ。便宜的にアルファベットを使う(La casa verdeのスペイン語版ウィキペディアはこの方式を使っている)。


A 伝道所(サンタ・マリア・デ・ニエバ)

B フシーア(マラニョン川を航行中)

C 兵舎(ボルハ)

D アンセルモ(ピウラ)

E リトゥーマ(ピウラのマンガチェリーア地区)


以上が1部の1章にある5つのパートである。かっこの中は物語が展開する場所である。ピウラが2つのパートで使われている。つまり5つに見せて4つでもあるのだ。5であり、4でもある。全体が4部+エピローグであることと同じだ。


さて、現在解読に苦労しているのは、Uno(日本語だと1部)のCapítulo II(日本語だと2章)である。

1部2章の5パートは次のようになる。


A 伝道所(1章の続き)

B フシーア(1章の続き)

C フリオ・レアテギを中心として白人行政官や事業者たち(サンタ・マリア・デ・ニエバだが1章とは続いていない)

D アンセルモ(1章の続き)

E リトゥーマ(1章の続き)


かっこの中に書いたように、1章でAに該当するパートは、2章のAに物語としては続いている。BDEも同様である。ところがCパートは続いていない。だからややこしい。登場人物を挙げる。


Julio Reátegui

Manuel Águila

Pedro Escabino

Árevalo Benzas


彼らはビールを飲んでいる。


Él mismo sirve los vasos; la espuma blanca burbujea, se infla y rompe en cráteres:(...)(La casa verde, Debolsillo, p.71。以下スペイン語の引用ページは、Penguin Random Houseのポケット版[Debolsillo]の、2022年刊行の12版に基づく )

「彼自ら[フリオ・レアテギのこと]がコップに注ぐ。白い泡ができて膨らんで壊れてクレーター状になる。」


近くにアグアルナ族が見える。


un grupo de aguarunas muele yucas en unos recipientes barrigudos,(...) (p.71)[英訳 a group of Aguarunas are grinding cassava into some fat-bellied receptacle,]

「アグアルナ族の一団が下部の膨らんだ容器でユカをすり潰している、」


分かりやすいのはこれくらいだ。続きは以下のようになる。

Arriba, en las colinas, la residencia de las madres es un rectángulo ígneo y, en primer lugar era un proyecto a largo plazo y aquí los proyectos no prosperaban, Julio Reátegui creía que se alarmaban en vano. Pero Manuel Águila no, nada de eso, gobernador, se pone de pie, ellos tenían pruebas, don Julio, un hombrecillo bajo y calvo, de ojos saltones, ese par de tipos los habían maleado. Y Arévalo Benzas también, don Julio, se pone de pie, dejaba constancia, él había dicho detrás de esas banderas y de esas cartillas hay otra cosa y él se opuso a que los maestros vinieran, don Julio, y Pedro Escabino golpea la mesa con su vaso, don Julio: la cooperativa era un hecho, los aguarunas iban a vender ellos mismos en Iquitos, se habían reunido los caciques en Chicais para hablar de eso y ésa era la verdadera situación y lo demás ceguera. (La casa verde, Penguin Random House, p.72、下線引用者)

[英訳 Up above, on the hillside, the nuns' Residence is a fiery rectangle and, in the first place, it was a long-term project and projects didn't do too well here, Julio Reategui thought that they were worrying over nothing. But Manuel Aguila no, nothing like that, Govenor, he stands up, they had proof, Don Julio, a small man, short and bald, with bulging eyes, those two guys had subvertied them. And Arevalo Benzas too, Don Julio, stands up, there was proof, he had said that there was something else behind those flags and those books and he had been against the teachers' coming, Don Julio, and Pedro Escabino bangs his glass on the table, Don Julio: the cooperative was a fact, the Aguarunas were going to sell for themselves in Iquitos, the chiefs had got together in Chicais to talk about that, and that was the way things were and a person had to be blind.(The Green House, HarperCollins Publishers, p.47)]



地の文は現在形で示されている(出だしのes)。一方、線過去があるが、その箇所は人物の言ったこと・思ったことを示していると理解できる。Dijo queとかが省略されている文体だ。


しかしその中で2行目のJulio Reátegui creíaのところは線過去だ。Julio Reáteguiとフルネームで書かれているので誰かからの呼びかけではなく、地の文のようだ。それ以外の人物を見れば、地の文ではフルネーム表記で進んでいることがわかる。


こういうところでつっかえてしまってなかなか進まない。


ここも後から振り返ると、ペドロ・エスカビーノが言っていることは重要で、「協同組合」に腹を立てている。「協同組合は既成事実で、アグアルナ族はイキートスで自分たちで商売しようとしている、すでにチカイスで首長たちが集まってそのことを相談している・・・」と。


この「協同組合」をスペイン語で言うのがアグアルナ族のフムだ。