2023年5月16日火曜日

5月16日 村上春樹とガルシア=マルケス

村上春樹の『街とその不確かな壁』にガルシア=マルケスが引用されている。『コレラの時代の愛』の一節だ。

丁寧にも村上春樹は、その場面が小説の終わりの方に出てくることを教えてくれているが、かなり唐突な印象を与える引用であることは間違いない。

『街とその不確かな壁』も同じように終わり部分に差し掛かっていて、ストーリー展開としては、ここがこの小説の最後の大きなターンと言える。

引用部分は、老齢になったフロレンティーノ・アリサがついに初恋の相手であるフェルミーナ・ダーサとマグダレナ川の船旅に出た場面である。フロレンティーノにとっては50年越しの恋が、夫を失ってフェルミーナが未亡人になったことで叶えられそうになる。二人はコレラ危機の中で船旅に出る。そしてマグダレナ川に出没する女の亡霊伝説が言及されるのだが、そこが春樹小説で引用される。

その亡霊は「白い服を着た」「溺死した女 una ahogada」と書かれている。実は先日の学部のゼミ生の発表を聞いてハッとしたのだが、そうか、これはコロンビア版の「泣く女 la llorona」伝説だったのだ。

死んだ女が川辺りに現れる--そうして見ると、この春樹の小説で、『コレラの時代の愛』の引用後すぐに出てくる場面は面白くなる。だからこそ最後の大きなターンなのだ。

その場面ではこの小説の重要なモチーフである川が出てきて、その川辺で45歳になった男(「私」)と少女との再会が起こる。17歳の少年時の束の間の恋は、その少女が忽然と消えることで少年の心に傷を残す。

その後、少年だった「私」は、フロレンティーノ・アリサのように彼女を思いに思い続ける。彼女はどうなってしまったのか?小説では簡単にはわからない。

でも『コレラ』からすれば、おそらく白い服を着て(春樹の小説では淡い緑のワンピースだが)川べりに出没する亡霊になったのだ。そんな亡霊の存在を信じたいという作者によってG=マルケスが引用されている。

16歳のこの少女は、17歳の「私」と連絡を絶ったあと死んだということだ。






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