2016年10月31日月曜日

アルゼンチン映画『名誉市民』とアルベルト・ライセカ

監督はガストン・トゥプラットとマリアノ・コーン。原題はそのまま『El ciudadano ilustre』。

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日本では『ル・コルビュジエの家』で知られるアルゼンチンの若手監督コンビ。

世界的に有名な文学賞を受賞したアルゼンチン作家ダニエル・マントバーニ。 

彼は賞という栄誉が芸術家を終わらせてしまうという信念の持ち主。どれほど権威ある賞であっても態度は変えない。授賞式でも思った通りのことを言って顰蹙を買う。

受賞後には各地から様々な文学イベントの招待状が送られてくるが、全て断る。

そんな中、40年前に飛び出してそれっきり戻っていない自分の生まれ故郷からの招待状に目を留める。

名誉市民の称号を贈ってくれるという。ふと興味を惹かれ、いざ「凱旋」する。

町長の出迎えや旧友との再会などを経てある事件が勃発する。町の絵画コンテストの審査員を務めたことがきっかけだ。そして彼は新作を書くことにする。

この二人の映画監督の作品には日本で公開されていないが、とても面白い作品がある。2011年の作品。

『タバコを買いに行ってくる、すぐに戻るよ(Querida voy a comprar cigarrillos y vuelvo)』 。トレイラーはこちら 

原作はアルベルト・ライセカ。アルゼンチンの作家だ。映画にも語り手として登場する。

『名誉市民』の作家にもライセカのイメージが重なった。

確かセサル・アイラだったと思うが、ライセカという作家はすごい、年を取っても少しもコンフォーミズムに向かわない。怒りとか恨みとかをエネルギーにしていると言っていた。この二人の映画監督はすっかりライセカに魅せられているとも。

手元にあるライセカの本は以下の2冊。

Laiseca, Alberto, Cuentos completos, Ediciones Simurg, Buenos Aires, 2011. 
---, Beber en rojo(Drácula), Editorial Muerde Muertos, Buenos Aires, 2012.

[この項、続く]

2016年10月30日日曜日

キューバ文学(36)イタロ・カルヴィーノとミゲル・バルネー

キューバの人類学者ミゲル・バルネーが『逃亡奴隷』の次に出した本が『レイチェルの歌』。1969年刊行。

Barnet, Miguel, Canción de Rachel, Libros del Asteroide, Barcelona, 2013.

1910〜20年代、女優、踊り子として知られ、男性のみ入れるクラブで活躍した伝説的な女性を描きながら、当時のキューバの社会的背景(1912年の黒人党の反乱)にも踏み込んだ「風俗小説」。

この本のスペイン語版の序文はキューバ生まれのイタリア人(ítalo)、イタロ・カルヴィーノ。

キューバにはイタロ・カルヴィーノ文学賞もある。

文芸誌「Gaceta de Cuba」2013年5-6月号では「イタロ・カルヴィーノとラテンアメリカ」という特集も組まれている。

Antonio Melisというイタリア人のラテンアメリカ文学研究者(マリアテギなどアンデス方面を専門としていたようだ)が有名だったが、今年亡くなった。 彼にはこういう論考がある。

[この項、続く]

2016年10月29日土曜日

検閲について

キューバのブロガー、ジョアニ・サンチェスが検閲をテーマにした本を10冊挙げている。エル・パイースの記事から。


①ミネルバ・サラード『キューバ革命におけるジャーナリズムの検閲』2016年
  →著者はキューバの詩人、評論家。1944年生まれ。

②J.M. クッツェー『検閲に抗して』2012年

③ジュリアン・アサンジ『サイファーパンクーーインターネットの自由と未来』2013年
  邦訳は青土社から2013年に出ている。Kindleでも読める。

④レイ・ブラッドベリ『華氏451度』2015年(現在入手しやすいスペイン語版の出版年)

⑤エドゥアルド・デ・ラ・ベガ・アルファロ『裏切られた革命ーー文学、映画、検閲についての二つの試論』2012年
  著者は1954年生まれのメキシコ人。専門は映画史。モレーリア映画祭の審査員をやっている。

⑥セスク・エステべ『検閲官の理屈』2014年
  著者はカタルーニャ人。専門は文学批評・比較文学。15, 16世紀あたりの論文が多い。

⑦ホルヘ・ゴメス・ヒメネス編『表現の自由、権力、検閲』2010年
  ここで入手可能。

⑧マルコ・アントニオ・デ・ラ・パーラ他『禁じられた映画ーーチリの映画検閲』2001年

⑨ラファエル・ロハス『安眠できぬ死者たち』2006年
 この本については、書評論文を書いたことがある。『ラテンアメリカ年報』27号に掲載。

⑩Mandanipour, Shahriar『愛と検閲のイラン史』2010年
  ここに挙げられている中で唯一の小説。英語からの重訳。
 著者はイラン出身で現在アメリカに住んでいる。


以上の10冊のうち、日本語があるのは③と④。

2016年10月28日金曜日

キューバ文学(35)フェルナンデス・レタマール再び

大学院でフェルナンデス・レタマールを読んでいる。

Fernández Retamar, Roberto, Todo Calibán, Ediciones Callejón, San Juan, 2003.

序文はフレドリック・ジェイムソン。英語翻訳版に付けたものがスペイン語に訳されている。

1992年、NYUで開かれたラウンドテーブル「他者との出会い」にはフェルナンデス・レタマールの他に、カマウ・ブラスウェイトとセルジュ・グリュジンスキがいた。

フェルナンデス・レタマールの発表タイトルは「500年後のキャリバン(Calibán quinientos años más tarde)」。

今から四半世紀も前の文章ということになる。

冒頭、「キャリバンについてではなく、キャリバンの立場から話す」と宣言する。

1492年から500年前のヨーロッパは小さかった。その頃、レイフ・エリクソンがアメリカ大陸に来たが、世界は変わらなかった。 しかし1492年に上陸したのはコロンブスだけでなく、ヨーロッパに芽生えかけていた資本主義だった。

そして、資本主義国家として成功を収めたのがどこかという話へ。

ポルトガルやスペインは最初にアメリカに上陸したし、後発のオランダやイギリス、フランス、ドイツの資本主義発展に寄与したが、資本主義巨大国家になったのは、イギリスが植民化した国、つまり米国、カナダ、オーストラリア。

フェルナンデス・レタマールは成功国家としての日本に例外的な注意を払っている。つまり、ヨーロッパ人が住んだことのない国では唯一であるというのだ。日本に関する叙述が長い。

参照文献も日本の成功を論じたものをいくつか挙げ、「日本の進展についてどう考えているのか、日本人の意見を聞きたいものだ」と言っている。

[この項、続く]

2016年10月11日火曜日

パリとラテンアメリカ

世界文学CLNの研究集会の二日目のテーマは「パリの外国人」だった。

自分でも気になるテーマだったので、以下の本や論文のことなどを頭に入れていった。

1 ヴァレリー・ラルボー『フェルミナ・マルケス』。スペイン語版が出てきた。


 改めて見てみると、翻訳者は幾多の欧米の名作をスペイン語に訳したEnrique Diéz-Canedoである。ホイットマンやヴェルレーヌなどの詩を訳したはずだ。スペイン人だが、1938年からメキシコへ移っている。これは内戦のせいだろう。年齢はラルボーとほぼ同世代の人物で、この翻訳も1938年に初版が出ている。
 
2 Miguel Ángel Asturias, París 1924-1933: Periodismo y creación literaria.
 
 ここにはアストゥリアスの文章のみならず、1920年代のパリに花を咲かせたラテンアメリカ文化についての論文が幾つか載っている。

以下は未読の論集。

3 Ingrid E. Fey and Karen Racine(ed.), Strange Pilgrimages: Exile, Travel, and National Identity in Latin America, 1800-1990s, Scholarly Resources Inc., 2000.

パリのラテンアメリカについては以下の論文がある。

 Arturo Taracera Arriola, "Latin Americans in Paris in the 1920s: The Anti-Imperialist Struggle of the General Association of Latin American Students, 1925-1933"

[この項、続く]

2016年10月6日木曜日

コロンビア、和平合意の行方

コロンビアの和平合意について、国民投票では予想外の結果が出た。

8月の終わりに和平合意がほぼ決まった時点での毎日新聞の記事には、「賛成派が多数」とある。

作家のフアン・ガブリエル・バスケスは9月2日インタビューに答え、「43年生きてきて、コロンビアのことがこれほど誇らしいと思ったことがない」と興奮していた。インタビューはこちら

しかし蓋を開けてみたら、真っ二つに国論は分かれていた。現地に住む知り合いのコロンビア人も驚くべき結果だと言っていた。 つまり、多くの人が賛成に回ると思っていたのだ。なのに「ノーが勝ったのだ(El No ganó.)」。

作家のエクトル・アバッド・ファシオリンセの分析がスペインの「エル・パイース」紙に掲載された。こちら。Brexitの時と同じように、ポピュリズム的扇動によってノーに投票する人が増えたと言っている。コロンビアのボリス・ジョンソンはアルバロ・ウリベである。前大統領である彼は父をFARCに殺害された。

ウリベが大統領だったのは2002年から2010年。2002年の大統領選ではイングリッド・ベタンクールが出馬して、選挙戦の途中でFARCに誘拐された。彼女が救出されたのは2008年。彼女も和平合意を喜んでいた。9月22日のインタビューはこちら

エクトル・アバッドは父を準軍部隊に殺害された。それでも「もう自分は犠牲者とは思っていない」というタイトルのエッセイを寄せたのが 、バスケスがインタビューに答えたのとほぼ同じ時(9月2日)、「エル・パイース」紙である。ここで彼は「賛成に投票する(votar por el sí)」と書いている。その文章はこちら

[この項、続く]