2023年9月15日金曜日

9月15日 近況:3年半ぶりのキューバ

前回キューバに行ったのが2020年2月終わりから3月頭で、この2023年9月の訪問が3年半ぶりだった。

今年の頭にメキシコシティに行った時にも思ったが、海外に行くときに感覚的にこなしていたことがコロナで期間があいてしまったのと、(たぶんこちらの方が大きいが)加齢が原因でできなくなっていたり忘れていたりで、着いてから、ああそうだった!ということがあった。

エアカナダのフライトがなくなってしまった。東京ートロントは復活しているが、トロントーハバナがない。だからアエロメヒコで行った。

往路はメキシコシティで一泊しなくてはならず、午後12時台に着くとはいえ、シティのどこかのホテルなりなんなりに身を落ち着けるのは午後3時を回り、翌朝のハバナ行きが午前11時発だから、どこに行くにも交通渋滞を覚悟しなくてはならないメキシコシティなので、できることは少ない。

そもそもアエロメヒコの場合、帰りのメキシコシティー東京のあの深夜便(夜12時前後発)は、乗る前も降りた後も身にこたえる。

東京ーメキシコシティは、往路がおおよそ13時間、復路が14時間。メキシコシティーハバナは往路と復路が2時間半プラマイ10分。

平日の夕方、ハバナの街に人が少ないなと思ったが、そうか、かつてのように人びとは公園のWi-Fiスポットを目指していないのだ。スマホで4Gに繋いでいる。そして1990年に生まれたあのCUC(兌換ペソ)が2020年末をもって消えてしまった。前回訪問時にまもなく無くなると聞いてはいたのだが、いよいよ二重通貨時代が終わり(通貨統一 unificación monetaria)、何がやってきたのか。

何人かの友人はこの3年半の間にキューバを出てしまった。インフレ、燃料不足による停電などで状況は90年代初頭よりも悪い、そして治安も悪化しているというのを聞いて、行く前にかなり構えてしまったのだが、確かにそのように見える面はあったかもしれない。いや、わからない。

こういうのは脅かしすぎになるのが常で、でもそれがそうだと確認するには行ってみなければわからない。少なくともいわゆるラ米の「ビオレンシア」はないという点は変わっていないと思ったが。

夏のカリブはハリケーンがあるので、この時期にカリブ海に出かけるのは控えていたが、もはや行くには時期的にここしかなく、覚悟を決めて行った。

沸騰的暑さは7月より楽になったというのだが、9月に入ってもかなりの暑さで、朝の9時から夕方5時くらいまではきつかった。基本、ハバナは自分の用事がすべて徒歩で回れるから良いのであって、2月から3月なら30分から1時間くらい歩くのが気持ち良いが、今回はそうもいかず、夕方の5時過ぎから、完全に暗くなる8時あたりがゴールデンタイム。

FOCSAのビルはいつ見ても場違いなのか似合っているのか迷ってしまう。ハバナのどこでもそうだが廃墟感が漂って、1階の店舗は半分くらいしかやっていない(ように見える)。




G77プラス中国のサミットがちょうどこの9月15日・16日とハバナで開催されることになっていて、空港から市街までの幹線道路にはその旗が飾られている。日本の商店街の街灯に夏祭りの旗を飾るのとは規模が違うし、この暑さでよくやったものだ。

それにしてもこのサミットに関する日本語の報道は日経新聞がちょっと書いているくらいで、ほとんど見かけない。もちろんキューバの人にこんな国際イベントがもたらしてくれるものはほとんどゼロだろうが、世界に起きつつある状況の中で、先進国の果たしている貢献的な役割は極めて小さく、グローバルサウスという言葉だけが一人歩きして、ノースの人たちは今やこの用語を濫用し戯れている。こうしていつもレッテルばっかりが流布してしまう。自分も気をつけないといけない。

そう、気をつけないといけないというなら、キューバは2021年1月12日にトランプ・米国によってテロ支援国家に指定されているので、キューバに渡航歴があると米国にESTAだけでは入れず、別に査証が必要になる。米国国土安全保障省のHPは日本語でも読めてその辺りのことが書かれているが、旅行代理店でもキューバ渡航を希望する人にはまずこのことが伝えられる。

これはこれで相当に意味が大きい。査証の取得には費用も時間もかかるわけで、若い人や研究者や今後米国に行きたいと思っている人にとってハードルが一気に高くなる。キューバに行ったばっかりに、米国に観光旅行に行くのに数万円かけて査証なんか取りたくはないでしょう。選ぶというのはこういうことで、自販機のジュースをどれにするかのようではない踏み絵を踏まされる。

自分にとって、今回のキューバ渡航によって晴れて米国にESTAでは入国できなくなったことは一つの成果である。いっそのこと、米国人との付き合いにも、米国映画の鑑賞にも、米国小説の読書にも、世界各地のディズニーランドの入場にも、場合によっては米語の発話にも査証を課して欲しいものだ。米国も米国人によるキューバへのアクセスに待ったをかけるべきだろう。プリンストン大学その他多くの大学が保有するキューバ関係のアーカイブを手放すとか。そういえば、ハバナシンドロームの原因がコオロギの鳴き声というのは十分にありえる話だ。テロ支援国家なのだから。ホテル・カプリやナシオナルで起きたらしいのだが、米大使館員はここに住んでいるのかもしれない。

キューバ渡航の場合、出発空港でツーリストカードを確認される。5、6年前に行った時、ラ米各地を回っていく予定だったのでこれを持たずに行って、最後どこで手に入るかなとどきどきしてしまったが、パナマの空港で買った記憶がある。この時は搭乗の際、キューバ人の列とそれ以外の人の列を作らされた。

今回、日本の空港でチェックインの時にこのツーリストカードの「発券日」はいつなのかを聞かれ、どうもそれをシステム上で入力しないと先に進めず、チェックインができないようだったのだが、ツーリストカードに発券日は書いていないので、その場で係員と相談の上、「適切と思われる日」を入力することで解決した。多分どんな日が入力されていても大丈夫だと思う。

さらにさらに思い出してきたが、ハバナの空港でキューバ運輸省の手続きを義務付けられた。入国前、つまり出発する時までに済ませることも可能なのだが、知らなかった。

その場で係員がWi-Fiに繋いでくれて、スマホからいっぱいデータを入力しなければならない。税関申告書とコロナ絡みで健康に関する申告書を兼ねているようで、2022年1月から始まったとのこと。スマホがなかったらどうなるのだろう。空港のWi-Fiではメキシコシティの空港は簡単に繋がり、街中も「メキシコシティの人なら誰でもWi-Fi」というのがあって観光客フレンドリーだ。

以上は手続き的なことを忘れないようにと書いたメモだが、それはともかくも、短い滞在の間に、いつもの通り、あらかじめ連絡を取っていた人と楽しく話をすることができた。知り合ってもう25年くらい経つけどぜんっぜん変わらないよね、白髪が増えた以外は(笑・・・と言われたり、ひょっとして会えるかなと思っていた人にも会えたりした。イグナシオ・セルバンテスのピアノからアルジェリア、アンゴラまであれこれ話したが、あと3日は欲しいと思った。

出版状況は3年半前からほとんど変わっていない。つまり出ていない。コロナ以降もっと悪い。もともとがらんどうの本屋はもっとがらんどうである。




下の本は、雑誌「Pensamiento crítico」刊行50年を記念して開かれたコロックを収録したものだが、出たのは2019年。



キューバの古本ブームというのは確かに一時期あって、時期としては稀覯本を巡るアクション映画の『ナインスゲート』(ポランスキー)の頃だと思う(2002年)。

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出発直前に、こちらの司会を務めた。今年度4月に始まったこの催しもようやく後半戦に入りつつある。しかし土曜日の午後というのは、自分の所属する学会の大会開催日と重なっていまして、それが少々・・・ 

もちろん講演はどれも素晴らしく、拙い司会で申し訳ない。次回は10月14日。若い聴衆がもっと(×10)増えて欲しいのだが、土曜日の15時だから難しいか。

2023年8月13日日曜日

8月13日 死者たちの夏2023 動画配信について & 文学のカウボーイ

今年はロベルト・ボラーニョが亡くなって20年ということだ。亡くなったのが7月15日だから、その日付周辺の新聞や雑誌にそれなりに記事が見つかる。La Vanguardia紙(ウェブ版)では、「文学の侍、ボラーニョが亡くなって20年」というタイトルがある。侍ときたか。ぼくからすればカウボーイかな。古くささとかっこよさと空想上の存在という意味で。

2023年は、関東大震災から100年で、雑誌『現代思想』の9月の臨時増刊号は総特集が「関東大震災100年」である。

2ヶ月前に催した「死者たちの夏2023」も、主催した「ジェノサイド・奴隷制研究会」は、関東大震災100年のこの年に照準を合わせて活動していた。

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このイベントはせんがわ劇場で3日間にわたって催されました。

今回、その動画を有料配信することになったので告知します。

どうか予告編の動画をご覧ください。

当日の雰囲気、いや、この映像は当日とは別のもの、とてつもなく素晴らしい作品だと思います。予告編のYoutubeから販売サイトの情報も見つかります。どうぞよろしくお願いします。
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そして今年はレイナルド・アレナスの生誕80年でもある。1943年7月16日に生まれ、1990年12月7日に死んだキューバの作家で、誕生日近辺の7月半ば、わずかの記事がこのことに触れていた。

アレナスとボラーニョは年齢で言えば10歳しか違わないのに、作家としての活動期間はほぼ重ならない。アレナスが作家アレナスだったのは1970年代から80年代で(90年より前の作家の感じがする)、ボラーニョが作家ボラーニョだったのは1990年以降(で、21世紀には入っていないような感じがする)。

面白いのは、アレナスが読まれたのは90年代で、ボラーニョが読まれたのは21世紀に入ってからということ。






2023年7月8日土曜日

7月8日

2本のドキュメンタリーをみた。

1本は西サハラ友の会経由で『銃か、落書きか』

もう1本はプエルト・リコの歌手バッド・バニーの『停電(El Apagón)』

それから、ジョン・ハーシー『ヒロシマ』のスペイン語版が届いた。

John Hersey, Hiroshima, Penguin Random House, 2022[初版2016]



スペイン語に翻訳したのはフアン・ガブリエル・バスケス。コロンビアの小説家。手元の2022年版は7刷。

日本語版は法政大学出版局が出版した第一号の本(1949年)。増補版が2003年に出ている。



ほかにも書き足しておきたいことがあるのだがとりあえずここまで。

2023年7月1日土曜日

7月1日 近況

フアン・ガブリエル・バスケスの『密告者』(服部綾乃、石川隆介訳、作品社)には、第二次世界大戦中のコロンビアに移住したドイツ人移民の中にいたナチ信奉者、あるいはそう目された者たちが出てくる。

カリブ沿岸の都市バランキーリャにはナチ党の支部があったと書かれている。これは史実と一致する。バランキーリャにおけるナチに関して多くの記事があるが、しかしそれらが報じられたのは、このバスケスの小説が出て以降のように思われる。少なくともこの小説が出るまで、というよりこの小説が日本語で翻訳されるまで知らなかった。

バスケスのこの小説はおそらく多くのコロンビア人にとっても貴重な内容なのだが、一見難しい語りの手法をとっている。

第4部でコロンビアにおける有力な人物(ガブリエル・サントーロ)が実は、あるドイツ人をナチ信奉者だと「密告した張本人」であったことが暴露されるシーンが出てくる。

そこはテレビ番組におけるインタビューの再現形式になっている。インタビュアーは番組進行役で、その人のセリフはイタリックになっていて、答えるのはアンヘリーナである。アンヘリーナが暴露する側である。

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【原文】
¿Estaba ella al tanto de la reputación de Gabriel Santoro?
  No. Bueno, cuando Angelina lo conoció, Gabriel estaba metido en una cama como un niño, y eso no realza la apariencia de nadie, hasta el presidente se vería disminuido y común reducido al piyama y las cobijas. Angelina sabía, (後略)

【英訳】
 Was she aware of Gabriel Santoro's reputation?
 
No. Well, when Angelina met him, Gabriel was tucked up in bed like a baby, and that doesn't enhance anybody's appearance, even the President would look diminished and common reduced to pyjamas and bedclothes. Angelina knew, (後略)

【久野による仮訳】
ガブリエル・サントーロの評判について彼女は知っていましたか?

いいえ。実はアンへリーナが彼と知り合った時、ガブリエルはベッドに赤ちゃんのように入っていて、そうなっているとどんな人もぱっとせず、大統領だってパジャマと毛布だけの小さな普通の人に見えてしまうものです。アンへリーナは知っていました、(後略)

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ここは三人称に対する問いかけになっている(彼女は知っていましたか?)。これをそのまま読めば、インタビュアーは、インタビュー相手とは別人の「彼女」がガブリエル・サントーロを知っていたかどうかを聞いていることになる。

それに対しての答えも、そのまま読めば、質問されている人とは別人の「彼女」のことについて答えている。その別の人とはアンへリーナで、アンへリーナがガブリエル・サントーロと知り合った経緯を話している。

スペイン語文法の人称を正確に反映させて読もうとすれば読もうとするほど、ここは三人称に引っ張られる。スペイン語の授業などでこの小説のこの部分を取り上げればそう読む人は出てきておかしくない。

しかしここでインタビューされているのはアンへリーナであり、アンへリーナが自分のこととして答えている場面なのだ。このインタビューの再現は以下のように書かれている方が理解しやすい。

¿Estaba usted al tanto de la reputación de Gabriel Santoro?(あなたはガブリエル・サントーロの評判を知っていましたか?)
 No. Bueno, cuando lo conocí, Gabriel estaba metido en una cama como un niño, y eso no realza la apariencia de nadie, hasta el presidente se vería disminuido y común reducido al piyama y las cobijas. Yo sabía, (後略)(いいえ、実は私が知り合った時、ガブリエルは……)【下線部が変更箇所】

こう書かれていればインタビューで交わされた会話のそのままの再現なのだとわかる。

スペイン語でこの本を読む人たち(あるいは欧米言語一般の読者:いわゆる標準ヨーロッパ言語[SAE]のこと)は三人称が用いられても、不思議な印象はないのだろうか?それともここの場面に見られるバスケスの手法は実験的になるのだろうか。

あらためてこの場面を整理すると、この物語の語り手である一人称の「yo(英語のI)」がこのインタビューをテレビで直に見て、その内容が重大であるために書き起こしている。つまり重要なのは、インタビューを見ている人「による」再現になっていることだ。

画面の中にインタビュアーとインタビューされるアンへリーナがいて、インタビューが始まる。これを語り手の「私」から見た語りとして地の文にするとどうなるか。

Yo vi en la televisión que el entrevistador le preguntaba a Angelina que ella había estado al tanto de la reputación de Gabriel Santoro. Vi que ella decía que no,  bueno, cuando Angelina lo conoció...(私はテレビで、インタビュアーがアンへリーナに、ガブリエル・サントーロの評判を知っていたかを尋ねるのを見た。私は見た、彼女がいいえ、実は知り合った時……と言うのを見た。)

おそらくこうなるのではないか。スペイン語の時制は想像なので間違っているかもしれない。ただ、欧米言語で物語る場合には、このようにして語り手というのが絶対的に存在し、その枠は揺るがない。したがって語り手が私という一人称であれば、その人物が他人の行為について見聞きしたものは、基本的に従属節的になる。場合によっては主節を省いて従属節の部分だけをそのまま書き込んでいく。つまり自由間接話法である。

この時に欧米言語では人称は間接話法のものがそのまま残る。会話を再現しているのは「私」であって、「私が見たもの」が大きな枠として設定され、その目線から再現される以上、テレビの画面の中での出来事は三人称で語られる。「私」はインタビュアーにも、アンへリーナにもなれない。

非欧米言語話者、日本語話者(日本語は主題優勢言語。SAEは主語優勢言語や主語卓越言語と言われる)として読むと、人称が不自然に見えるが、欧米言語の語りの規範からすれば三人称であって当然なのだと考えられる。あくまで「私」が、インタビュアー(彼)のアンへリーナ(彼女)に対する質問とその答えを再構成しているからである。

ところでSAEを主語卓越言語とする言語類型論についてだが、小説を読む上でSAEは「人称卓越言語」と言ったほうがわかりやすいかもしれない。卓越性があるのが主語か主題かというよりも、問題は人称ではないだろうか。主語は人称に依存しているので。

邦訳は工夫がなされていて、インタビューの再現形式であることがわかるようになっている。 ここは訳者を相当に悩ませたところに違いない。

 



角田光代の『八日目の蝉』は基本的に一人称で書かれている小説だが、冒頭部分に、三人称(希和子)で書かれているパートが置かれている。以下、引用。

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    玄関に突っ立ったまま、台所の奥、ぴたりと閉まった襖に希和子は目を向けた。色あせ、隅の黄ばんだ襖を凝視する。
 何をしようってわけじゃない。ただ、見つめるだけだ。あの人の赤ん坊を見るだけ。これで終わり。すべて終わりにする。明日には、いや、今日の午後にでも、新しい家具を買って仕事を探すんだ。今までのことはすっかり忘れて、新しい人生をはじめるんだ。希和子は何度も自分に言い聞かせ、靴を脱いだ。(中公文庫、7-8ページ)
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「何をしようってわけじゃない」から「新しい人生をはじめるんだ」までは希和子の内面の声(独白)であることは無理なくわかる。三人称の地の文に、その人の声が一人称で入ってきても、日本語では主語を示さなくてもわかるし、原文でその部分はカギカッコで括られていない。しかしスペイン語版では以下のようになる。

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 Paralizada en el espacio que queda junto a la puerta donde se dejan los zapato, [Kiwako]dirige la mirada al fusuma de detrás de la cocina, cerrado a cal y canto. Está descolorado, con las esquinas amarillentas.
  《No voy a hacer nada malo. Sólo quiero verlo aun momento. Sólo me gustaría ver a su bebé; eso es todo. Después pondré punto y final. Mañana... No, esta misma tarde compraré muebles nuevos, buscaré un trabajo. Lo olvidaré todo y empezaré una nueva vida.》Kiwako se lo repite a sí misma varias veces.(La cigarra del octavo día, Galaxia Gutenberg, p.7)
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希和子の独白は一人称で、しかもカギカッコ(二重ギュメ)で括られている。カギカッコがなくてもわかりそうなものだが、地の文が三人称である以上、そこにいきなり一人称が使われたら、一人称で語られた小説ととられてしまうだろう。希和子(三人称)から語るのが地の文の規範だ。


2023年6月18日日曜日

6月18日 社会主義から自由主義へ

エドマンド・ウィルソンの『フィンランド駅へ 革命の世紀の群像』(上下、みすず書房)は社会主義思想の展開を物語った本である。

フィンランド駅とは、レーニンが1917年4月に到着した駅で、フィンランドにあるのではなく、現在のサンクトペテルブルク、つまりロシアの駅でフィンランド鉄道が建てた駅らしい。

フィンランドとロシアということでは、映画『コンパートメントNo.6』が記憶に新しい。1990年代にフィンランド人女性がモスクワに留学する話から始まって、失意の旅行で乗った鉄道のコンパートメントで知り合うロシア人男性との関係を描いたもの。

このエドマンド・ウィルソンに向こうを張った本がバルガス=リョサの『部族の呼び声(La llamada de la tribu)』(2018)である。社会主義思想ではなく自由主義思想の展開をバルガス=リョサが叙述する。

序文によれば、「そうは見えないが自伝的な本である。私の知的・政治的な歴史、マルクス主義とサルトルの実存主義に感化された青春時代から、アルベール・カミュ、ジョージ・オーウェル、アーサー・ケストラーのような作家の読書によって得られた民主主義の再評価を通じて、成熟して以降の自由主義までが語られる。」(p.11)

とりあげられる人物は、アダム・スミス、オルテガ、ハイエク、ポパー、レイモン・アロン、アイザイア・バーリン、ジャン=フランソワ・ルヴェル。

「私のキューバとの、そしてある意味で社会主義との断絶は、その頃は超有名だった(今ではほとんど誰も覚えていないが)パディーリャ事件が原因だった。キューバ革命の熱心な賛同者だった(商務省の副大臣までのぼりつめた)詩人のエベルト・パディーリャが、1970年に政権の文化政策を批判しはじめた。最初は公的メディアで辛辣に攻撃され、その後CIAのエージェントだと馬鹿げた告発によって収監された。パディーリャと友人である我々5名(フアン・ルイス・ゴイティソロ、ハンス・マグヌス・エンツェンスべルガー、ホセ・マリア・カステレと私)は憤激してバルセロナの私のマンションで抗議の手紙を認め、それに世界中の多くの作家が賛同してくれた。」(p.17)

しかしその手紙が原因でバルガス=リョサを貶めるキャンペーンが行われ、数年間をかけて彼は自由主義思想に傾いていく。

「[それは]疑念と再考の時期で、その間に少しずつ私は理解していった。ブルジョア民主主義だと言われるものの『形式的な自由』とは、その背後に富者による貧者の搾取が隠されているようなただの見せかけではなく、人権間の境界、表現の自由、政治的多様性であるということを。そして共産党とその大物たちに代表される唯一の真実の名の下での権威主義的で抑圧的な体制は、あらゆる批判を封じ、ドグマ的なスローガンを押しつけ、不服従者を強制収容所に送ったり行方不明にできるということを。」(p.17-18)



【自由間接話法 文献続き】

若島正『ロリータ、ロリータ、ロリータ』作品社、2007年

この本の10章「『私の』部屋」(211-239ページ)はナボコフの自由間接話法について

井尻直志「小説の文体としての自由間接話法 スペイン語の場合」沖縄外国文学会、2019年34号、31-46ページ。

スペイン語作家から主として論じられるのはやはりバルガス=リョサ。


【近況】

「死者たちの夏2023」を受けて、今日は日本社会文学会の大会に行こうと思ったが難しそう。ハイブリッドだから自宅からでもと思ったが、すでに締め切られていた。残念。


2023年6月7日水曜日

6月7日 千歳船橋、ソフト/クワイエット

明後日から始まる「死者たちの2023」のお稽古を見学させてもらいに、千歳船橋まできた。

6月のこの時期は夕方が長い。久しぶりに小田急線に乗った。軽食をとろうとぶらぶらした。もちろん小田急OXがあった。

よそ者だから、メキシコシティのコヨアカンとかブエノスアイレスのパレルモのような緩さを体感できた。


映画『ソフト/クワイエット』は原題は"Soft & Quiet"。

実際にはワンショットではないのかもしれないが、女性たちが白人至上主義団体の活動を始めて仲間と集い、そこから仲間の家でワインでも飲もうと買い出しに行き、そして惨劇……が90分間切れ目なく続く。ドキュメンタリーのように登場人物たちのすぐ近くにカメラがあって彼らを追いかけてゆく。

差別行動は「上品に、そして静かに(ソフト&クワイエット)」進められる。それを黙認していては、その差別を追認することにほかならない。監督が映画を撮った理由はこれだ。映画の中で白人至上主義者として出てくるのは白人で、彼女らはラティーノ、黒人たちを言葉で差別しているが、その後実際に暴力を行使して死に追いやる相手のことについては言葉では名指さない。

ところでこの「ワンショット」という手法は、バルガス=リョサが自由間接話法を使うときの小説(『小犬たち』)と似ている。群像劇で、その登場人物たちが空間を移動しながらぺちゃくちゃおしゃべりをしたり、風景が目に入ったり音が聞こえてきたり、そしてそれにも反応していく様子を、ピリオドも少なくして段落を変えず、全体をまずは地の文として、そこに複数の人の声を紛れ込ませていくスタイルは、ある種ワンショット的である。

中編『小犬たち』(『ラテンアメリカ五人集』集英社文庫所収)を久しぶりに読み直して、スピード感あふれる流れるような自由間接話法(文体)だった。ただこういう小説スタイルはある種の実験というか、一回限りという感じもする。

ある論文で知ったのだが、自由間接話法が用いられると、そこは読書のスピードが落ちるそうだ。不思議なものだ、『小犬たち』を日本語で読んでいる限りではそういう感じがしない。原文で読んでもスピードは落ちないような気がする。読者に対しては注意力をある程度保たせるように強いるが、それがうまくいけば、スピード感が出る。

とはいえ長編を書くには自由間接話法だけでなく、また別の語りの手法、つまり地の文によって物語そのものを展開していく必要もあるし、そういう時には直接話法を織り交ぜたりするしかないのかな、と思う。




『ソフト/クワイエット』のHPに載っている監督の言葉を引用する。

「典型的な植民地主義を描いた物語にはしたくないという思いがありました。植民地主義が持つ憎しみを受け入れやすくした表現や、今なお続いている植民地主義者たちの犯罪行為を和らげ、赦免するために書かれた偽りのストーリーアークを映し出したくなかったからです。私は憎悪犯罪をありのまま描き出し、観客が1秒たりとも気を抜くことができないような映画を作りだしました。そうでなければ、この映画は偽りということになります。」

観客が1秒たりとも気を抜けないようにすること。なるほど。
 
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この前の星泉さんによるチベット文学講座は大変勉強になった。
大学HPに掲載されています。
 

2023年6月5日月曜日

6月5日 大雨その後

大雨で大学の桜の木が折れた。




相変わらずの自由間接話法。文献整理として。

ミハイル・バフチン『マルクス主義と言語哲学 言語学における社会学的方法の基本的問題[改訳版]』(桑野隆訳)、未来社、1998年。

前に挙げた工藤庸子『恋愛小説のレトリック』では「(前略)自由間接話法では、時制の一致による半過去の存在と人称代名詞や所有形容詞などの変換が、語り手の視点の存在を裏づけているわけで、つまり語り手の存在感だけを問題にするならば、直接話法<自由間接話法<間接話法と定義することができるでしょう」(p.172)として、その後バフチンを参照して、「要は『他者の言葉』との関係なのです。」と述べ、バフチンが上に挙げた本で言っている「疑似直接話法」のことに触れる。「語り手と作中人物がほぼ同じ資格において共存する。ただし両者が一体化しているわけではむろんない。あいだに微妙な距離があり、この距離は、あいまいであるがゆえに、いかようにも機能する」(p.172)。

この「あいまい」さは、語り手の作中人物に対する感情移入や、あるいは「風刺」や「アイロニー」をまとう場合もある。工藤も引用しているところだが、バフチンは言う。「フローベールは、自分が嫌悪の情をもよおし憎んでいるものに目を注がずにはいられない。しかしそのばあいにもかれは、みずからを感情移入し、この憎み嫌悪すべきものと自己を同一化する能力をもっている」(『マルクス主義と言語哲学』p.242)



もっと新しいのは以下の本。

平塚徹編『自由間接話法とは何か 文学と言語学のクロスロード』ひつじ書房、2017年。



この中の赤羽研三「小説における自由間接話法」(49-97ページ)の中では例えば以下のようなところに着目している。

「さらにSILにおいては、すでに述べたように、倒置形の疑問文、感嘆文、不完全な文といった間接話法では取り込めない発話も取り入れることができる。(中略)受け手に何かを訴えるというより、表出される情動の強度のほうに重点が移っているように思われる。強い情動が込められているということは、疑問符や感嘆符が多用されるところにも現れている。」(65-66、強調引用者)

 


「(前略)単純過去で非人称的に語っていた書き手自身が、エンマの思いをあたかも自分の思いのように発しているのだ。地の文と作中人物の発話の境界が取り払われてしまっているために、書き手自身もエンマの声に同調し、自分でも意識せずに突然自然に思いが噴出したという印象をもたらしている。書き手はここではもはや語り手という媒介者を通して、作中人物の意識を言語化し誰かに伝えているというより、その意識の現われを「直接的に」自分の声のように受け止めているというふうなのだ。言ってみれば、書き手はその存在に憑依したように言葉にしているのである。」(p.68、強調引用者)

 

 「情動のこもったSILは、非反省的意識に属することが多いのである。(中略)SILの文体論的特性は、この「非反省的意識」に関わるときにより強く現われるのだ。」(p.69、強調引用者)

 

論文では以下の2本。

橋本陽介「『物語世界の客体化』からみる自由間接話法の言語間比較」『慶應義塾大学藝文学会』2009, Vol. 96:165-181

溝上瑛梨「自由間接話法と語りのフレーム」『言語科学論集』2016, 22:107-127