東京国立近代美術館で「アンチ・アクション展」。展覧会場をまわっていくと、見開き2ページの解説文をピックアップできて、全部で14篇の「別冊アンチ・アクション」が出来上がる。
「抽象絵画は外界を再現する役割から解放され、素材と空間により見る人との間に出来事を起こす場となったのだ。したがって見る側は、作品に何が描かれているかではなく、作者が画面上で何をどう行ったかに、まずは目を向ける必要がある」(江上ゆか「それぞれの(アンチ・)アクション=制作行為」)
コレクション展では、新たに所蔵された岡崎乾二郎の以下の二つの作品が素晴らしい。
「屋根の熱気に吹きつけられ、祖父の顔は頭蓋骨のようにもう色褪せて見える。ところで彼は何といったのでしたっけ?灼熱の焼きごてを眼に入れられようとしたときに。「僕の美しいお友達、火よ。もう少しやさしくお願いします」。大丈夫。安心なさって。姉は日傘を取りにいき、祖父は指先をまるく尖った舌で冷やしていた。」
「背後から火事が迫ってきたとでもいうの、この顔の青さは普通じゃないわ、どうしたの?ぽつりと答えます。「惜しいと思うほどの物は捉まえようと追いかけず、一生惜しんで思い出せるようにしておいたほうがいいんだよ」。そうか。胡瓜の漬け方を、老婦人から習ったときみたいに、熟した実がひとりでに落ちる音を聞いた。」
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