2026年3月16日月曜日

3月16日

海老塚耕一の「Correpond-1977年7月 大邱の余韻」を「いつもとなりにいるから 日本と韓国、アートの80年」(横浜美術館)で観た。海老塚は自然の石や木、鉄板などの金属を素材に作品を作っている人だ。この作品は、たたみ二畳を細長くした形の床板のようなもので、壮版紙(チャンパンジ)が使われている。この紙は、オンドルで温められた床板にはられる油を染み込ませた紙のことだ。海老塚耕一は横浜市鶴見区出身で在日コリアンと共に生きていた。1951年に生まれた彼が1977年という年号の入ったこの作品を書いたのは、その年に高峻石の自伝『越境-朝鮮人・私の記録』を読んだからである。おそらく海老塚は神奈川区にある神奈川朝鮮中高級学校に通う学生たちを知っていただろう。『国宝』の李相日はこの学校で学んだ。

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