ジェイムズ・ボールドウィンの小説『ビール・ストリートの恋人たち』の新しい翻訳が出たのを見つけ、早速読んだ。まもなく映画が公開されるので、その前に読んでおきたかった。
ジェイムズ・ボールドウィン『ビール・ストリートの恋人たち』(川副智子訳)、早川書房、2019年。
ニューヨークのハーレムに生まれ育った黒人のクレメンタイン、愛称はティッシュ。同じく黒人で同じくハーレム育ちのアロンソ、愛称はファニー。
この小説は若い二人の一途な恋愛小説だ。
ちなみにティッシュが女性でファニーが男性。なぜこういう愛称なのだろう?
幼馴染の二人はいつしか恋人同士になる。デートコースはスペイン料理店と、彫刻家になりたいファニーが作業場として借りているアパートだ。
結婚することに決めた二人は家を探すが、黒人であることが障壁となってなかなか貸してくれない。そこに来て、赤毛の警官ベルが登場する。彼はレイシストとして知られ、黒人少年を殺害した前歴があった。
ベルはファニーに目をつけ、なにやら企んでいるようだ。そもそも彼の担当区域はウエストサイドなのに、イーストサイドに来ている。たまたまファニーとティッシュが二人で商店で買い物をしていると、イタリア人のワルにティッシュは絡まれる。慌てて駆けつけたファニーがやり返すのだが、それを見ていたベルはファニーを逮捕しようとする。
幸い商店主がファニーとティッシュの味方になってベルを追っ払ったが、それはその後の悲劇の前兆だったのか。
ファニーは察知している。「あいつはおれをつかまえるつもりだ」
「彼[ファニー]はだれの黒んぼでもなかった。そして、それは、このくそったれな自由の国においては犯罪なのだ。この国では黒人は誰かのニガーでなければならず、だれのニガーでもなければ、悪いニガーとされる。」(55ページ)
ここは、ボールドウィン原作の映画『私はあなたのニグロではない』と重なる。
黒人差別の被害はファニーの幼馴染であるダニエルにも及んでいる。彼は冤罪で逮捕されて刑務所に入れられ、そこでのレイプの記憶がトラウマになっている。
ある日、そのダニエルをファニーとティッシュが慰めていると、警察がやってきて、ファニーは逮捕されてしまう。容疑はプエルトリコ人女性の強姦である。
ちょうど同情的なアパートの貸し手が見つかり、二人に前途洋々の未来が開けていたところなのに、以降ファニーとティッシュは拘置所のガラス越しの、受話器を持っての会話しかできなくなる。毎日のように拘置所を訪れ、ティッシュはファニーを勇気付け、またファニーもティッシュの訪問に勇気付けられ、二人は将来の夢を語り合う。
もちろんティッシュの家族(姉アーネスティン、父ジョーゼフ、母シャロン)はファニーを救い出そうと懸命の努力を払う。姉アーネスティンの助力もあって、弁護士ヘイワードが動いてくれる。
ティッシュは妊娠に気づき、ファニーに報告するとともに、両家族にも報告する。ファニーの家族の中では父フランクがジョーゼフとともに、ファニーのためにできることを探している。とりわけ金策である。
物語はその後、弁護士のたてた方針に従って、ティッシュの母シャロンがプエルトリコに赴き、ファニーが犯人だと証言した被害者プエルトリコ人女性と対決する。
プエルトリコ人と黒人ーー
シャロンは言う。「あたしはスペイン語を喋れないし、島の人間は英語を喋れない。でも、どっちも同じゴミの山にのっかってる。」 (256ページ)
ティッシュは思う。「ここ[NY]に恥があるとすれば、あたし自身が感じているような恥、あたしを”娘よ"と呼ぶ働き者の黒人の婦人たちの恥、あるいは、なにが起こったのかを理解できないままーーだれもスペイン語で彼女たちに説明してあげないからーー愛する人が収監されたことを恥じている誇り高いプエルトリコ人たちの恥。だが、そうした人々が恥いるのはおかしい。ほんとうにに恥じ入るべきは拘置所や刑務所の責任者のほうだ。」(15ページ)
ファニーを無罪だと証明できるのがプエルトリコ人と黒人(ダニエル)で、その二人はともに警察とは関わり合いを持ちたくない……
シャロンの冒険、父ジョーゼフとフランクの金策、そして徐々に近くティッシュの出産。
物語の途中では色々な歌が流れる。ビリー・ホリデイの「マイ・マン」。ロバータ・フラックの「コンペアード・トゥ・ホワット」。アレサ・フランクリンの「それが人生」。レイ・チャールズ。
そして、記憶に残るフレーズの数々。例えばーー
「他人に肉体があることにはじめて気づくのは衝撃的だ。相手も肉体をもっていることに気づいた瞬間から、その人は他人になり、そのことは自分にも肉体があることを気づかせる。人間はこの気づきとともに生き、この気づきが人生を語らせるのだろう。」(75ページ)
「人の心の働きは埃を集める物と似ている。物も心もそれ自体は、なにがなぜ、くっついてくるのかわからない。でも、なんであれ、いったんくっつくと、もう離れてはくれない。」(236ページ)
映画では多分このシーンは使うと思うのだが、どうだろう。
拘置所の二人のシーン。
「あたしたちは見つめ合う。見つめ合っているうちにファニーの背後のドアが開き、看守が現れる。なによりおぞましいのは、ファニーが腰を上げてうしろを振り向く、この瞬間だ。あたしもそこで腰を上げてうしろを向かなくてはならない。けれど、ファニーは冷静さを保つ。彼は立ち上がって拳を突き上げ、微笑んでみせる。あたしの目をじっと見据えながら、少しのあいだその場に立っている。なにかが彼からあたしへと伝わる。愛と勇気。そうよ、そうあたしたちはなんとかしてこれを乗り切る。なんとしてでも。あたしは立ち上がり、拳を突き上げる。」(254ページ)
映画では、シャロンのプエルトリコ訪問、ティッシュの拘置所での面会、そして悪役としての警官ベルのやりとりがどんな風に描かれるだろうか。楽しみだ。
El mundo cambia constantemente.
ラテンアメリカ文学、キューバの文学、カリブの文学などについてメモのようなものを書いています。忘れないように書いているというのもあるけれど、忘れてもいいように書いている。書くことは悪魔祓いみたいなもので、書くとあっさり忘れられる。それがいい。
Escribir es un acto de exorcismo. Escribir cura, alivia.
2019年1月27日日曜日
2019年1月24日木曜日
サルトルとキューバ
サルトルのキューバ訪問の記録は以下の本にまとまっている。
Sartre Visita a Cuba: ideología y revolución: una entrevista con los escritores cubanos: huracán sobre el azúcar, Ediciones R, La Habana, 1960.
ところで、タイトルの「Sartre Visita a Cuba(サルトルはキューバを訪問する)」で、前置詞「a」は必要なのだろうか?
通常、というか、今のスペイン語では不要(のはず)。
スペイン王立アカデミーの辞書を引いても、「En sus vacaciones visitó París(休暇でパリを訪れた)」という例文が出てくる。
ただ、マリア・モリネールの辞書(Diccionario de uso del español、初版)の「visitar」を引くと、なんと、冠詞なしで用いられる固有名詞の時には「a」が必要というのが長らく王立アカデミーの説明だったそうである。知っていましたか?
「Visitó a París」とか「Visité a Inglaterra」というわけである。
ただし、モリネールは説明を付け加えていて、このように前置詞の「a」を使うのは言語純正主義者ぐらいで、通常は使われていないのだという。というわけで、「a」はなくていい。
でもネットで検索すると、visitarのあとの地名に「a」を前置させているケースは結構ある。
で、本の話をすると、この「Sartre Visita A Cuba」は冒頭にサルトルの文章「Ideología y Revolución」が載っていて、その後に、キューバ作家との対話が数十ページあって、これはかなり貴重な資料。
その模様を撮った写真は例えばこんなもの。真ん中の小さい写真は多分アントン・アルファ。
この中の、フランスの新聞に連載していた「Huracán sobre el azúcar」だけを取り出したのが以下の本。
Jean-Paul Sartre, Huracán sobre el azúcar, Editorial Prometeo, Lima, 出版年不明.
サルトルのキューバ訪問だけを集めたコルダの写真集もあったような気もするのだが、出てこない。買わなかったのかもしれない。
Sartre Visita a Cuba: ideología y revolución: una entrevista con los escritores cubanos: huracán sobre el azúcar, Ediciones R, La Habana, 1960.
ところで、タイトルの「Sartre Visita a Cuba(サルトルはキューバを訪問する)」で、前置詞「a」は必要なのだろうか?
通常、というか、今のスペイン語では不要(のはず)。
スペイン王立アカデミーの辞書を引いても、「En sus vacaciones visitó París(休暇でパリを訪れた)」という例文が出てくる。
ただ、マリア・モリネールの辞書(Diccionario de uso del español、初版)の「visitar」を引くと、なんと、冠詞なしで用いられる固有名詞の時には「a」が必要というのが長らく王立アカデミーの説明だったそうである。知っていましたか?
「Visitó a París」とか「Visité a Inglaterra」というわけである。
ただし、モリネールは説明を付け加えていて、このように前置詞の「a」を使うのは言語純正主義者ぐらいで、通常は使われていないのだという。というわけで、「a」はなくていい。
でもネットで検索すると、visitarのあとの地名に「a」を前置させているケースは結構ある。
で、本の話をすると、この「Sartre Visita A Cuba」は冒頭にサルトルの文章「Ideología y Revolución」が載っていて、その後に、キューバ作家との対話が数十ページあって、これはかなり貴重な資料。
その模様を撮った写真は例えばこんなもの。真ん中の小さい写真は多分アントン・アルファ。
この中の、フランスの新聞に連載していた「Huracán sobre el azúcar」だけを取り出したのが以下の本。
Jean-Paul Sartre, Huracán sobre el azúcar, Editorial Prometeo, Lima, 出版年不明.
サルトルのキューバ訪問だけを集めたコルダの写真集もあったような気もするのだが、出てこない。買わなかったのかもしれない。
2019年1月3日木曜日
キューバ文学:El Puente 出版
革命後の「革命文学」研究の中で抜け落ちている文化運動についての研究が進んでいる。
María Isabel Alfonso, Ediciones El Puente y los vacíos del canon literario cubano: Dinámicas culturales posrevolucionarias, Universidad Veracruzana, Veracruz, 2016.
この本は、1961年から65年まで存在した出版社「El Puente」の活動を当時の資料を使って論じたもの。
El Puenteが出した雑誌の編集長はホセ・マリオさんで、この人はドキュメンタリー『Improper Conduct』でも証言している。
この出版社はアフロキューバ系ほか、かつては排除されていた人々の実験的な表現に力を入れていた。が、当時の主流な知識人たち、例えばヘスス・ディアスやその雑誌「Caimán Barbudo」から攻撃を受けていた。
そのためこれまであまり研究されることがなかった。しかしこのところーーと言ってもそれなりに時間は経っているがーー、例えばアントニオ・ホセ・ポンテなどもこちらで言及している。
この本はタイトルにあるように、革命文化の正典を作り上げようとする中にあって、El Puente出版の意義を認めようとしているものだ。文学のみならず、音楽や映画の事情もそれなりに触れている。
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12月31日の映画館はがらがら。
下は2019年1月2日の雑司が谷で。
María Isabel Alfonso, Ediciones El Puente y los vacíos del canon literario cubano: Dinámicas culturales posrevolucionarias, Universidad Veracruzana, Veracruz, 2016.
この本は、1961年から65年まで存在した出版社「El Puente」の活動を当時の資料を使って論じたもの。
El Puenteが出した雑誌の編集長はホセ・マリオさんで、この人はドキュメンタリー『Improper Conduct』でも証言している。
この出版社はアフロキューバ系ほか、かつては排除されていた人々の実験的な表現に力を入れていた。が、当時の主流な知識人たち、例えばヘスス・ディアスやその雑誌「Caimán Barbudo」から攻撃を受けていた。
そのためこれまであまり研究されることがなかった。しかしこのところーーと言ってもそれなりに時間は経っているがーー、例えばアントニオ・ホセ・ポンテなどもこちらで言及している。
この本はタイトルにあるように、革命文化の正典を作り上げようとする中にあって、El Puente出版の意義を認めようとしているものだ。文学のみならず、音楽や映画の事情もそれなりに触れている。
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12月31日の映画館はがらがら。
下は2019年1月2日の雑司が谷で。
2018年12月28日金曜日
キューバ文学史
キューバ文学史は、最近では以下の3巻本が便利である。
Instituto de Literatura y Lingüística, Historia de la literatura cubana, Tomo I, II, III, Letrac Cubanas, 2002, 2003, 2008.
第1巻は「植民地期:起源から1898年」。表紙の絵はエステーバン・シャルトランの「夜明け」。
第2巻は「1898年から1958年。共和国期」。表紙はレネ・ポルトカレーロの「セーロの内部」。この絵は1943年に描かれた。
第3巻は「1959年から〇〇年まで」。さて何年までだろう?
ご覧の通り、「革命期(1959-1988)」。そして1989年から1999年までの文学も補遺として掲載。
表紙の絵はセルバンド・カブレラ・モレーノの「農民兵」(1961)。
Instituto de Literatura y Lingüística, Historia de la literatura cubana, Tomo I, II, III, Letrac Cubanas, 2002, 2003, 2008.
第1巻は「植民地期:起源から1898年」。表紙の絵はエステーバン・シャルトランの「夜明け」。
第2巻は「1898年から1958年。共和国期」。表紙はレネ・ポルトカレーロの「セーロの内部」。この絵は1943年に描かれた。
第3巻は「1959年から〇〇年まで」。さて何年までだろう?
ご覧の通り、「革命期(1959-1988)」。そして1989年から1999年までの文学も補遺として掲載。
表紙の絵はセルバンド・カブレラ・モレーノの「農民兵」(1961)。
2018年12月19日水曜日
キュアロン&セルジオ
アルフォンソ・キュアロン監督のメキシコ映画『ローマ(Roma)』をみた。
1970年代初頭のメキシコシティ、ローマ地区(Colonia Roma)に暮らす中流階級の上の方(Clase media alta、アッパーミドル)に属する家族の物語。
キュアロン監督は1961年生まれなので、彼が10歳くらいのときの、かなり自伝的で、当時の地区の雰囲気を再現したものなのだろう。
大きな屋敷で、大きな車があって、家族も大きくて(3世代)、父は留守で(場合によっては家を出ていて)、住み込みの使用人がいる。メキシコシティに住んだ経験のある人なら、こういう家は結構想像がつくのではないか。
ストーリーには、この映画を賞賛しているエレナ・ポニアトウスカの短篇「El limbo」(『De noche vienes』所収)と少々似通ったところがある。使用人の女性が妊娠してしまったのを、彼女を雇っている家族が助けようとするというエピソードだ。
その後、エルネスト・ダラーナス監督のキューバ映画『セルジオ&セルゲイ 宇宙からハロー!』をみた。
こちらの方は1991年のハバナ、セントロ・ハバナ地区に暮らす家族と、宇宙ステーションにいるロシア人の話。
ダラーナス監督はキュアロン監督と同じ年に生まれ、1990年代の経済危機の頃は30代だった。監督によれば、その時の思い出はむしろ素晴らしかったとのことで(映画パンフレットに載っていたインタビュー)、だからファンタジーとして描くことができたのだろう。
いかだを作ったり、密造酒を作ったりして、なんとか切り抜けたキューバ人たちが出てくるが、こういうエピソードは多くの作家がいろんな小説で描いている。
主人公はアマチュア無線を趣味として、マルクス主義を教える大学の先生で、大学のシーンも多々出てくる。撮影場所として使われたのは国立芸術学校(ENA)だろう。
映画についての辛口の批判は例えばこちら。
1970年代初頭のメキシコシティ、ローマ地区(Colonia Roma)に暮らす中流階級の上の方(Clase media alta、アッパーミドル)に属する家族の物語。
キュアロン監督は1961年生まれなので、彼が10歳くらいのときの、かなり自伝的で、当時の地区の雰囲気を再現したものなのだろう。
大きな屋敷で、大きな車があって、家族も大きくて(3世代)、父は留守で(場合によっては家を出ていて)、住み込みの使用人がいる。メキシコシティに住んだ経験のある人なら、こういう家は結構想像がつくのではないか。
ストーリーには、この映画を賞賛しているエレナ・ポニアトウスカの短篇「El limbo」(『De noche vienes』所収)と少々似通ったところがある。使用人の女性が妊娠してしまったのを、彼女を雇っている家族が助けようとするというエピソードだ。
その後、エルネスト・ダラーナス監督のキューバ映画『セルジオ&セルゲイ 宇宙からハロー!』をみた。
こちらの方は1991年のハバナ、セントロ・ハバナ地区に暮らす家族と、宇宙ステーションにいるロシア人の話。
ダラーナス監督はキュアロン監督と同じ年に生まれ、1990年代の経済危機の頃は30代だった。監督によれば、その時の思い出はむしろ素晴らしかったとのことで(映画パンフレットに載っていたインタビュー)、だからファンタジーとして描くことができたのだろう。
いかだを作ったり、密造酒を作ったりして、なんとか切り抜けたキューバ人たちが出てくるが、こういうエピソードは多くの作家がいろんな小説で描いている。
主人公はアマチュア無線を趣味として、マルクス主義を教える大学の先生で、大学のシーンも多々出てくる。撮影場所として使われたのは国立芸術学校(ENA)だろう。
映画についての辛口の批判は例えばこちら。
2018年12月15日土曜日
近況
『チリの闘い』の上映会が無事に終了した。
このイベントのために使った本を二冊。
上の本は、第1部「ブルジョアジーの叛乱」と第2部「クーデター」の脚本をメインとして、序文を寄せたのがマルタ・ハーネッカー、フリオ・ガルシア・エスピノサ。
そのほかパトリシオ・グスマンがクリス・マルケルに送った手紙、またその返信など。
1972年12月のこのクリス・マルケルの返事はただ一言。
「Haré lo que pueda.(できることをする)」
書誌情報は以下の通り。
Patricio Guzmán, La Batalla de Chile: la lucha de un pueblo sin armas, libros Hiperión, Editorial Ayuso, Madrid, 1977.
下の本は、パトリシオ・グスマン研究書。
Jorge Ruffinelli, Patricio Guzmán, Cátedra/Filmoteca Española, Madrid, 2001.
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このイベントのために使った本を二冊。
上の本は、第1部「ブルジョアジーの叛乱」と第2部「クーデター」の脚本をメインとして、序文を寄せたのがマルタ・ハーネッカー、フリオ・ガルシア・エスピノサ。
そのほかパトリシオ・グスマンがクリス・マルケルに送った手紙、またその返信など。
1972年12月のこのクリス・マルケルの返事はただ一言。
「Haré lo que pueda.(できることをする)」
書誌情報は以下の通り。
Patricio Guzmán, La Batalla de Chile: la lucha de un pueblo sin armas, libros Hiperión, Editorial Ayuso, Madrid, 1977.
下の本は、パトリシオ・グスマン研究書。
Jorge Ruffinelli, Patricio Guzmán, Cátedra/Filmoteca Española, Madrid, 2001.
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2018年11月23日金曜日
レコードで聴く革命
「カサ・デ・ラス・アメリカス」は革命20年の時にレコードを出した。
LP2枚組で、様々な作家が自作の詩やエッセイを朗読している。
Disco I.
Escrito en el año 2000 (fragmento) / Pablo Neruda
Cuba 65 / Jaime Sabines
Cuba-Angola / Jan Carew
Décima de decimero / Aquiles Nazoa
La vida cotidiana en Cuba durante el bloqueo (fragmento) / Gabriel García Márquez
Testimonio / Benjamín Carribon
Don Quichotte / Paul Laraque
La marcha / Roque Dalton
Disco II.
Revolución, guerra de Reconquista / Alejo Carpentier
Declaración pública de amor / Thiago de Mello
Vengan a ver / Alfredo Gravina
Fidel ; Habana revisited / Juan Gelman
Tengo ; La sangre numerosa ; Responde tú ... ; Se acabó / Nicolás Guellén
Hotel El Colony / Efraían Huerta
Este enseñó que la revolución se hace hacibendola / Luis Vidales
El vigía / Alejandro Romualdo
Habanera /Alfonso Chase
ジャケットはこれ。
レコード盤には、「エグレム・レコード制作」とある。キューバの国営レコード会社だ。
LP2枚組で、様々な作家が自作の詩やエッセイを朗読している。
Disco I.
Escrito en el año 2000 (fragmento) / Pablo Neruda
Cuba 65 / Jaime Sabines
Cuba-Angola / Jan Carew
Décima de decimero / Aquiles Nazoa
La vida cotidiana en Cuba durante el bloqueo (fragmento) / Gabriel García Márquez
Testimonio / Benjamín Carribon
Don Quichotte / Paul Laraque
La marcha / Roque Dalton
Disco II.
Revolución, guerra de Reconquista / Alejo Carpentier
Declaración pública de amor / Thiago de Mello
Vengan a ver / Alfredo Gravina
Fidel ; Habana revisited / Juan Gelman
Tengo ; La sangre numerosa ; Responde tú ... ; Se acabó / Nicolás Guellén
Hotel El Colony / Efraían Huerta
Este enseñó que la revolución se hace hacibendola / Luis Vidales
El vigía / Alejandro Romualdo
Habanera /Alfonso Chase
ジャケットはこれ。
レコード盤には、「エグレム・レコード制作」とある。キューバの国営レコード会社だ。
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