2019年11月30日土曜日

キューバ文学:セサル・レアンテ、その他出版社「R(エレ)」

1970年代以降のキューバ文学の文献整理を続けている。出てくるものをだいたい以下のように分類している。

1 社会主義リアリズムの系譜
 警察小説、テスティモニオなどが中心で、アフロ系の文化や人物が主題化されたものなどが多い。 とはいえヘスス・ディアスはここにも入るし、以下の系譜にも入る。

2 西欧モダニズムの系譜
 
3 1と2の両方から出てきたもの
   ポスト社会主義リアリズム世代というか、革命後に生まれた作家たちが中心といえば中心。

1960年代はまだ上のようには分類できず、例えば出版社「R」(Revoluciónの"R")が出しているものなどは、装丁から手がかかっていて、70年代とは違う。

この出版社のもので最も有名なのはサルトルのキューバ訪問記(『Sartre visita a Cuba』)だろうか。このエントリーですでに紹介済み。

Edmundo Desnoes, No hay problema, Ediciones R, La Habana, 1961.


レネー・デ・ラ・ヌエス(René de la Nuez, 1937-2015)は風刺画集がある。

Nuez, Cuba Sí, Ediciones R, La Habana, 1963.


ヌエスはもう一つの有力な出版社「Ediciones Unión」でも出している。それは「Allí fume」というタイトル。

詩人のオルランド・デル・ポソ(1918-?)の以下の詩集(『青い猫』)は文字も青い。


Orlando del Pozo, El gato azul, Ediciones R, La Habana, 1964.

他にHumberto Arenal, La vuelta en redondo(1962)なども手元にある。

60年代から70年代の出版物の変化は、例えばセサル・レアンテでわかる(1928年マタンサス生まれ)。母親はメキシコ人で小さい頃はメキシコにいた。

60年代の出版物は以下の"R"から出たもの。

César Leante, El Perseguido, Ediciones R, La Habana, 1964.


その後、1975年にUNEACの文学賞(Cirilo Villaverde賞)を受けたのが、以下の『黒人ゲリラ兵』。

César Leante, Los guerrilleros negros, Siglo Veintiuno Editores, 1979.


また、資料の整理時に参照している一冊が以下の文献。

Rogelio Rodríguez Coronel, La novela de la Revolución cubana, Letras Cubanas, La Habana, 1986.


2019年11月23日土曜日

女性作家によるカリブ紀行

Nara Araújo(Selección, Prólogo y notas), Viajeras al Caribe, Casa de las Américas, 1983.

19世紀の環カリブ海地域に滞在、旅行、取材した女性作家・ジャーナリストのアンソロジー。


収録されているのは、以下の20人の書き手。データが出てくる人もいれば、ほとんど出てこない人もいる。よく集め、よく翻訳したものだ。

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María Nugent 1771年生まれ。ジャマイカに赴任したイギリス人の夫に付き添ってカリブへ。1801年から1805年の日記。


Fanny Erskine Inglis 1804年エジンバラ生まれ。メキシコ滞在記『Life in Mexico(1843)などでも知られる19世紀の紀行文学作家。1839年にハバナからの書簡など。


María de las Mercedes Santa Cruz y Montalvo(Condesa de Merlín) 1789年ハバナ生まれ。メルリン侯爵夫人として知られる。『ハバナへの旅』からの抜粋。


Mathilde Houston 米国出身で夫とヨットに乗り、中米・カリブを旅行?


Fredrika Bremer 1801年フィンランド生まれ。スウェーデンの作家・活動家。1849年から51年にかけて米国とキューバを旅行。


Amelia Murray 1795年生まれ。イギリスの作家。19世紀半ばにキューバを旅行。


Julia Howe 1819年アメリカ合衆国生まれ。奴隷廃止論者。


Rachel Wilson Moore アメリカ合衆国出身。Journal of Rachel Wilson Moore: 1863-1864など。


Eliza Mchatton-Ripley 1832年アメリカ合衆国出身。メキシコやキューバに滞在。


Louisa Mathilde Woodruff アメリカ合衆国出身。1870-1871キューバに滞在。


Leontine Roncajolo 1876-1892にベネズエラに滞在し、『ベネズエラの思い出』を記す。


Jenny Tallenay 1880年ごろカラカスに滞在した。


Fanny Chambers Gooch 1842-1913 テキサス出身。『Face to Face with the Mexicans1888がある。


Mary Lester イギリス人で、1881年末にホンジュラスへ。その時の紀行文が『A Lady’s Ride Across Spanish Honduras』にまとめられている。


Cora Hayward Crawford The Land of the Montezumas(1890)。母とメキシコ旅行した時の記録。


Julia Newell Jackson A Winter Holiday in Summer Lands(1890)に、キューバ・メキシコ紀行あり。


Eulalia de Borbón 1864-1958。スペイン女王イサベル2世(1833-1868)を母、フランシスコ・デ・アシスを父。キューバに旅行。


Anne Maudsley グアテマラを旅行(1893-1894)。


Eva Canel 1857-1932。スペインのアストゥリアス出身、ハバナで没。独立戦争時のキューバに滞在し、記録を残す。


Margherita Arlina Hamm アメリカ合衆国出身。1867-1907。日清戦争の頃には韓国に滞在。プエルト・リコで米西戦争を取材。

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2019年11月21日木曜日

キューバ文学:イグナシオ・カルデナス・アクーニャ


イグナシオ・カルデナス・アクーニャの小説『日曜日の謎』は、1969年のキューバ作家・芸術家協会(UNEAC)の文学コンクールで受賞作(Premio Cirilo Villaverde)となった作品。

Ignacio Cárdenas Acuña, Enigma para un domingo, Editorial Atom Press, Inc., 2011.


受賞は1969年だが、初版は1971年のようである。というのは、ここに書影を掲げているのは2011年に出版された40年記念版であるから。

この作品が重要なのは、その後のキューバの警察・推理小説の流れを生む発端となったからである。

1924年生まれのイグナシオ・カルデナス・アクーニャは織物工場で働きながら電気工学を学んだ。

内務省が警察文学賞を開始するのは1972年。当初は治安・警察部門に勤めている者にのみ開かれていたが、その後、誰でも応募できるようになった。 

2019年11月11日月曜日

ラテンアメリカ・カリブにおけるユダヤの響き

この前、オペラ版『パサジェルカ』をみる機会があった

のちの加害者と被害者の対面は、南米ではチリ独裁時代の拷問者と被害者ののちの対面劇を描いたアリエル・ドルフマン『死と乙女』でも見られる。

少し局面は違うが、被害者と傍観者を描いたものとしては、フリオ・コルタサルの「ふたつの切り抜き」という短篇だろうか。

『愛しのグレンダ』(野谷文昭訳、岩波書店)に入っているこの短篇では、軍政期に拉致されて殺害されたアイーダ・レオノラ・ブルステイン・ボナパルテの母親が書いた新聞への投書を読む二人のアルゼンチン人の話である。

二人の芸術家はパリにいて、この投書を読んでそわそわする。一人は彫刻家、もう一人は小説家。

 「アウシュヴィッツじゃガス室に入れられる前に子供たちにはキャラメルが配られたからね」

こう彫刻家がいうように、殺されたアイーダはユダヤ人だった。

母親(ラウラ・ベアトリス)は軍を訴える。するとさらに迫害は強まり、「ユダ公のクズめがよくもアルゼンチン軍相手に殺人罪の訴訟なんて」と父親の方が連行される(その後死ぬ)。

この短篇では軍政期のアルゼンチンで多くのユダヤ人が迫害を受けたことがわかる。そして以下の本を見たら、コルタサルのこの短篇も入っていた。

IIan Stavans(ed.) The Scroll and the Cross: 1,000 years of Jewish-Hispanic Literature, Routledge, New York and London, 2003.



ロルカの「ユダヤ人の墓地」(『ニューヨークの詩人』所収)、ボルヘス「隠れた奇跡」のほか、ユダヤ系作家1000年の歴史。この本にはユダヤ・ディアスポラの年表が付いている。

イラン・スタヴァンスはこの本よりも前に、ラテンアメリカ・ユダヤ作家アンソロジーを出している。

Ilan Stavans(ed.), Tropical Synagogues: Jewish-Latin American Writers, Holmes & Meire, New York / London, 1994.


慌ててブログを読み直したら上記の本はすでにこちらで紹介済み。

さらに本を整理したら、ラテンアメリカ・ユダヤ作家のアンソロジーとして以下の本も出てきた。

Rita Gardiol(ed.), The Silver Candelabra & Other Stories: A Century of Jewish Argentine Literature, Latin American Literary Review Press, Pittsburgh, 1997.

Marjorie Agosín(ed.), The House of Memory: Stories of Jewish Women Writers of Latin America, The Feminist Press, New York, 1999.

カリブ地域におけるユダヤ人の歴史についての本は以下のものがある。

Harry A. Ezratty,  500 years  in the Jewish Caribbean: The Spanish and Portuguese Jews in The West Indies, Omni Arts, San Juan, Puerto Rico, 2002.

2019年11月4日月曜日

フェルディドゥルキストたちよ(ボラーニョ)/キューバ映画

ボラーニョが書いた書評やエッセイ、講演録その他は、これまで『Entre paréntesis』というタイトルの本にまとめられていた。

Roberto Bolaño, Entre paréntesis: Ensayos, artículos y discursos(1998-2003), Edición de Ignacio Echevarría,  Anagrama, Barcelona, 2004.

序文は編者のイグナシオ・エチェバリーアが書いている。

366ページもあり、フォントも小さくてぎっしり詰まっている。



版元が変わり、新しくなったのが以下の本。

Roberto Bolaño, A la intemperie: Colaboraciones periodísticas: Discursos y conferencias: Lecturas y relecturas, Alfaguara, Barcelona, 2019.

新しいエディションの序文はホルヘ・ボルピである。

フォントは大きいが、付録に視覚資料も数ページあって、500ページ近い。この2冊には同じテキストが収められているのではないし、順序も違う。


 つい読んでしまったのが、カタルーニャ語の『フェルディドゥルケ』が出版された時に書かれたボラーニョの歓喜の文章。

「フェルディドゥルキストたちよ、すべてに敗北したわけじゃない。数ヶ月前、ほとんど誰にも気づかれなかったのだが、明暗に満ちた今世紀においてもっとも輝かしい本の一冊が世に出たのだ。Quaderns Crema社の『フェルディドゥルケ』 、1937年に初版が出たウィトルド・ゴンブローヴィッチの最初の小説のことだ。ブエノスアイレスのカフェ・レックスの集いの中で行われたスペイン語への翻訳こそは、間違いなく過度と寛容というもののなんたるかを示す画期的な出来事であり、つまるところ、我が世紀における文学というものの悦びのなんたるかを示す画期的な出来事なのである。」

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東京国際映画祭でキューバ映画(実際にはキューバが制作の映画ではないが)を一本見た。

オリヴィエ・アサイヤス監督『WASP ネットワーク』2019年

WASPといっても「ホワイト・アングロサクソン…」ではなく、スズメバチの方。

何の予備知識もなく見ていたが、途中で「5 héroes cubanos(5人のキューバの英雄)」の話だと気付いた。

1990年代、アメリカに渡って反カストロ組織に潜入し、組織が企てるキューバ政権打倒テロ計画を防いだキューバ人の物語である。

監督は『パーソナル・ショッパー』を撮った人。