42年前の1983年、キューバの人たちは、自分たちが生きている世界の中に見えていないことがあった(そこにはどうしようも乗り越えられない困難もあった)。それがアンゴラやキューバ以外の場所で何がしかに向けて何かをしている人たちのことだった。その時代のことがいまになってわかりつつあるとしても、そのいまの瞬間にも新しいことが起き続けていく。時間は止まらない。生乾きの土地にまた雨が降る。
El mundo cambia constantemente.
ラテンアメリカ文学、キューバの文学、カリブの文学などについてメモのようなものを書いています。忘れないように書いているというのもあるけれど、忘れてもいいように書いている。書くことは悪魔祓いみたいなもので、書くとあっさり忘れられる。それがいい。
Escribir es un acto de exorcismo. Escribir cura, alivia.
2026年1月7日水曜日
1月7日
キューバ出身のカルラ・スアレスの『英雄の息子 El hijo del héroe』では、1983年10月にグレナダで起きたときのことが語られる。「1983年10月、ぼくには決して忘れられない出来事が起きた。グレナダの大統領モーリス・ビショップが党のかつての同志によって暗殺された。数日後、米国は島に侵攻した。キューバにいる人たちは、侵攻のことだけでなく、グレナダにキューバ人がいたのでショックを受けた、その大部分は空港建設で働いている労働者だった。人の心に永遠に刻まれる物事がこの世には存在する。あの日々に届くニュースは恐るべき内容だった。侵攻。米国海兵隊に占拠されないように、武器をとって空港を防御する兵士ではないキューバ人。ぼくたちの最初の死者。そしてラジオやテレビのアナウンサーが幾度となく繰り返したので、ぼくもほとんど同じ表現で言い直せること。それは『6名のキューバ人、抵抗の最後の砦が、祖国の旗のために犠牲になりました』というものだ」。(pp.145-146)
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